一月の回想



@一月の回想

 今年に入って、さらに運気が上昇している感じがあるけれども、それは正月三が日から感じたことではある。嗚呼、今年も福の神に招かれているなと、ふとしたことから思ったものだ。しかしながら、それとは逆に絶望的な気持ちになった日々もあった。まあ、半々ということにしておくか。

 物書きがエッセイなどで切り売り(自分の身を削り売る行為)するというのは恥ずかしい行為だと著名な誰かが言っているのを見かけたことがあるので、今更ながらプライベートなことを話すことに対して躊躇してしまうのだけれども、それならエッセイはどう書けばいいというのだ? という矛盾にたどり着くとき、嗚呼、やっぱり切り売りも大事だよなと思うわけであって。

 でも、旅エッセイなど書けたらどんなに最高かと考えたこともあるし、概念を語り尽くすエッセイなんかも素敵でいいなだとか思うけれども。まあ、概念を語り尽くすのは私のコラムでもいいわけであって、旅エッセイは中々時間と金がないというわけで。結局、没案件になってしまうわけだけども。

 きのう、きょう、あした、あさって、がある中で、人はどれだけ成長できるのか自分自身との戦いだけれども、挫折でもして、落ちこぼれるというか、不貞腐れるというか、すれてしまうことのないように、日々、大粒の涙を流しながら叫んでもがいてようやく産んだ母親の為にも、麻薬なんかに溺れることなく、理性を保ちつつ、健全に生きていけたらいい。けれども法の許す範囲でお茶らけてしまったりだとか、羽目を外したりなんかも必要。笑う門には福来るってね、良く言ったもんだ。とにかく優しく生きたい。そして男らしく、また子供じみたっていいじゃないか。

 これまでのこと、これからのこと、考えるときりがない。どれが正解で良い余生なのか。けれども、せっかくの機会は失いたくはない。チャンスがあるのならば飛躍して大空を舞いたい。

 一月は色んな事を考えていた。ありきたりなこと、野心本能な気持ちなこと、保守的な気持ち。錯綜とした中で一つ発せることと言えば、ありがとう。その一言に尽きる。まずは何もかもに感謝しなければ始まらない答えというものが存在する。それは全人に対しても同じなのではなかろうか?

 コアラのマーチを購入した。売り上げの一部がコアラたちに還元されるらしい。何十億の命が失われた大惨事。日本の人口が一億だから途方もない数字だ。私にできるせめてもの行為。本当はダイレクトに寄付でもよかったんだけどね。経済にも貢献したかったから。しかも良い気持ちになりながら、お菓子が食べられる。甘くて美味しかった。

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