愛するということ 第一章 1



- I sey love 『愛するということ』
著者 滝川寛之

人は誰しも悪に出会う。
それは彼方此方に散らばっていて、
あたかも生活の中に必要だと言わんばかりに当然と存在する。
人は誰もが悪になる時がある。
様々な欲望と欲求が支配したこの世界で生きる僕らは、
それを避けては通れない事なのかも知れない。
人は誰も悪にやられてしまう事がある。
それは一体何時だろうか?
毎日一時一時を怖く恐れて生きなければならない。
僕は思った。
人は果たして変われるだろうか?
そして人は夢を見る。どうかチャンスを与えて下さいと。
あなたは人が倒れようとしている時、優しくなれるだろうか?
それが例え人ではなく他の生き物だとしたらどうだろう?
僕は願った。
あなたは変われますか?
ほら、よく見てごらんよ。愛は捨てたもんじゃない。
神は言った。
失うときほど大切だと気付くことはない。
あなたは本当に思っていますか?
あなたは本当に抱いていますか?
本当のあなたは何処に行ってしまったのだろうか?
探す勇気を失ってしまったのか?
それは自分にしか分からないこと。
だから大切に生きて下さい。
そして感じて下さい。
あなたは全てに生かされているのだから。
拾い上げてみよう。
そうすれば、あなたもきっと優しくなれるはず。
愛すると言う事 プロローグ
ここにひとりの人があって、神からつかわされていた。この人はあかしのためにきた。
光についてあかしをし、彼によってすべての人が信じるためである。彼は光ではなく、た
だ、光についてあかしをするためにきたのである。すべての人を照らすまことの光があっ
て、世にきた。
彼は世にいた。言は肉体となり、わたしたちのうちに宿った。わたしたちはその栄光を
見た。それは父のひとり子としての栄光であって、恵とまこととに満ちていた
――

二〇四四年六月の初夏
――

僕の父である上間正樹は、一年前に亡くなった母の後を追うようにしてこの世を去った。
四十九日が終わる頃、父の残した数々の遺品等の整理や処分などは、ほとんど全て片付
いていた。後は落ち着いた頃を見計らってだが、上等の木箱に収められている父が執筆し
たであろうこの原稿に、ゆっくりと丁寧に目を通すだけ。今日がその日に丁度ふさわしか
った。僕は書斎の中でその自伝らしき原稿の一つ一つを丁寧に、手に取り、途方もなく時

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