愛するということ 第二章 11


彼女は『LOVE
HOTEL AMUR』が稼動してから一年ほど経って、問題の部屋の
売り上げが急激に落ち込んだ事に、危機感を募らせ始めた。周囲は、またしてもコチラを
真似するかの如く、徐々に変革の波が起き始めている。やはり上手い具合にこれからはこ
のまま一人勝ちとは行かないだろう。悪い噂がたつ前に、フタをしておかなければ。彼女
は問題の原因を自身で調査すべく、とある深夜、皆に内緒で108号室へ客として宿泊す
る事にした。勿論、皆に内緒にしたのは、ついでに従業員の電話対応等諸々調べる事にし
たからだ。そして彼女は後に驚愕した
――
まず彼女は、ちょうど二十三時頃にチェックインを済ませた後、部屋一帯を一通りざっ
と見て回った。何の異変等は感じられなかった。湿気対策のエアコンの冷気が原因? や
はり、そんなはずは無いわ。彼女は、室外機のエアコンから伸びるコントローラをみて思
った。設定は二十五度。他の部屋と変わらず108号室は快適そのもの。
「やっぱり真知子さんは、何か隠してるわね」
オープン当時から深夜勤で雇っている掃除婦の顔を思い出しながらそう呟いた。
新規開店と同時に雇われた中村真知子は、戦時中にこの局地で起きた出来事全てを、実
は最初から知っていた。彼女の生まれは地元で、そしてまた、一九四五年三月二十六日か
ら六月二十三日までの約三ヶ月間、地獄と化した沖縄戦を、実際に肌で体験した人物の一
人でもある。当時、中村真知子は十七才だった。108号室
――
。この一室が建つ地上で起
きた悲劇を、彼女は何時までも忘れる事は無かった。
一九四五年四月十三日。
一帯は昼間に鳴り響き続けた爆音とは打って変わって夜行性の鳴虫以外の音は聞こえな
い程にとても涼しく静か。この場所へ集まったのは、中村真知子の家族五人を含む六所帯
からなる二十八名。皆、米軍が音を立てて押し寄せるや否や、この近くにあった
ガマ
呼ばれる小さな洞窟へ一斉に向ったが、 『超過』を理由に断固として避難する事が許されず、
やむなく丘を降りて東側から南へ向かおうとした所、この丘の周囲を囲う様に四方八方か
ら攻め寄る米軍の猛追に再び丘の中へ戻され、 「もはや成す術を失った」とばかりに失望色
強く顔色に窺わせた地元の者達だ。 “ ガマ ” から離れる際、必然的にグループが構成され、その中でも以前から信頼性のあっ
た男性がそのグループの『長』となった。その後、皆を勇気付けながら牽引してきた。そ
の男性は、入り口付近にいた日本兵から集団自決用として九九式手榴弾四つを受け取って
おり、極限にまで追い込まれた際の『集団自決』に関して、暗黙なる決定権を持っていた。
「もはや死ぬしかない。皆で死のう」
「何か他に、道は無いのかい?」せめて孫だけでも」
隣にいた老夫婦が、恐々とした様子で言った。
「どうせ奴らに見つかれば銃殺される。掴まれば更に酷い方法で処刑されるって兵隊さん
から話は聞いてるし。でも、今ならこいつで楽に死ねる。あの兵隊さんも「万一、追い込
まれた際は、痛む事無く死ねる手榴弾での『自決』の道を選べ」と言っていた」
男性は最後に決意した口調でやや力み加減にそう言いながら、肩掛け袋から四つのうち
一つの手榴弾を取り出して皆に見せた。その瞬間、皆の身震いは頂点に達した。
グループは手榴弾の数に合わせて七人ずつの四つに分かれた。皆、これまで体験したこ
との無い爆風による痛みと死に怯える様子で、もはや立っている事すら困難なほどに全身
の震えが止まらずにいた。四つの各班共に、七人で円を描く様にして並んだ。中村真知子
は、当然ながら家族と同じ班だった。隣右には母、左には祖父がおり、最後の温もりを与
えんとばかりに、強く、強く、彼女の手を握り締めていた。
「九九式手榴弾は、安全装置を抜いてから起爆筒を地面に叩きつけた後、五秒ほど経って
から爆発する」
と言う事を聞かされていた『長』である男性は、各グループから適当に、 『あらかじめ手
榴弾の安全装置を抜いておき、そして起爆筒を地面に叩きつけてから円の中央に軽く放る』
役を選んでから一旦輪の中に入り、皆にも伝える様にその説明をした。そして最後に、 「一
瞬で楽に死ぬ為にも、放り込まれたら直に前屈みになって出来るだけ爆発を受け止める様
に」と念を押すようにして言った事を、真知子は自身の記憶にはっきりと残した。
起爆筒を地面に叩きつけるタイミングは、長の号令によって同時に行う事になった。各
グループの距離が只でさえ狭い範囲内で別々にどうして出来ようか? 先陣を切った人間
のバラバラになるであろう死体をみて、その時、残された誰もが自決に対して躊躇する事
は違いない。辺りは再度、静まり返った。
「この世に心残りは、もはや無し」
と言えば嘘に聞こえるが、この時、誰もが絶望の極みにより無量となりて、自決による
安楽死を自身の運命として素直に受け止めていた。

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