愛するということ 第二章 13


由美子の目線の先に見える料金の受け渡しや管理等で使用されているドアが少しだけ開
いた。何かが、とても恐ろしい殺気に満ちた何者かの片目が、その隙間からコチラを睨み
付けた。由美子は心臓の鼓動を破裂させた。遂には息をすることすら間々ならなくなった。
ドアがゆっくりと開かれた ――

どうやらドアの向こう側は暗闇らしい。開いたドアの先には先ほど隙間から睨みを利か
せていた何者かの姿が其処にも無くなっていた。由美子は少しばかり安堵の色を実感した。
実感できなかった。
瞬間、直隣に先ほどと同じ殺気ある何者かが立っているのを由美子は感じた。彼女は其
処に顔を動かす事が出来ない状態のまま、その方角へと目を向けようとした。しかし同時
に彼女の胸下に何者かが跨る様に座り込んだ。どうやら異常極まりない物体は一つだけで
はないらしい。彼女は瞬時に目線を前へ戻した。其処にはなんとも恐ろしい顔をした化け
物の姿があった。
「お前も死ねぇ
……

口、鼻と耳から血が止まる事無く滴り落ち、両目の眼球共に完全に飛び出させた『圧死』
を思わせる紛れも無い死体が低い声でそう発しながら由美子の首を両手で絞め付けにかか
って来た。彼女は窮地に追い込まれた。
「たすけて
……

しかし、声を出すどころか息をする事すら出来ない。由美子は心の中で思い切り叫んで
いた。不気味な化け物の指が、まるで風船を素手で押し潰すかのごとく、非常に強力な力
によって由美子の喉に食い込む。顎の外れたような状態となっている彼女の口から、泡が
吹き始めた。こめかみを通る血管が破裂するように膨張し、顔はどんどんと褐色していく。
もはやこれまでか? 彼女は、とても奇妙な音楽が鳴り響くとても狭い空間の中で、完全
に意識を朦朧とし始めた。
「嗚呼 ……

一瞬、自身を救うであろう誰かの名前を思い浮かべようとした。しかし無情にも彼女は
そのとき呼吸を止めた。由美子は、現実か夢なのかはっきりと分からない世界との狭間に
居た。そこはとても寒く真っ暗だ。その空間は、何処までも果てなく続いているように彼
女は思えた。この場所でさ迷う彼女は今、一人で宿泊した事を思い切りに悔やんでいた。
どうしてこんな事になったのか? 自分はもう元の世界に戻る事は出来ないのか
――

背中の方向から、何やら風のようでいて海流のような吹き抜けを感じた。とても気持ちが
良かった。彼女の身は、そのまま流された。永遠と続くこの闇の世界の果てへ向けて流さ
れ、彼女は目を閉じた
――

「由美子さん!」
声が聞こえた。誰だろう? 彼女の記憶は、まるで全てを忘れたように喪失しているよ
うだった。覚えのある声のようだが、まるで思い出せない。急に心地よい流れが止まった。
どうやらたった今、この場で答えを出さなければならないようだ。彼女はそう悟った。小
粒ほどの光が目の前に現れた。その光の先に何かが見える。由美子は覗き込むようにして
光に眼を当てた。現実の世界が見える
――
。そう、あれは確かに108号室のベッドに倒れ
た自分だ。

――
真知子さん!」
由美子は、彼女を揺すって起こそうとしている中村真知子を思い出した。答えは出た。
と同時に、竜巻でいて渦のような現象が、光から発生したのを由美子は感じた。彼女の全
ては、ねじれるようにしながらそれに巻き込まれていった
――


――
由美子さん! 由美子さん!」
続けざまに呼ばれる声が、ボリュームを徐々に上げて聞こえてきた。
彼女は一命を免れた。

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