愛するということ 第一章 5


豊は子供らしくそう発した。しかし、店主が豊の表情と姿に不信感を覚えた。平然を装
うと言ってもやはりまだ子供。それは誰にでも分かるくらいに、慣れない事をした緊張が
豊の顔中にはっきり浮き出ていた。しかも、裸足だった事が状況を窮地へ追い詰めた。
「君、そう言えば近所じゃ見ない顔だね。名前なんていうの?」
店主は明らかに疑いの眼差しで言った。豊は計画とは違う言動に頭を真っ白にしてしま
い、何も言葉を返す事が出来ない。
「何処に住んでるのかな?」
店主は受話器をレジ台に置いてから、即座に豊の方へ向って歩いてきた。それを見て察
した様に外へと一目散に逃げ出す。逃げる方向が学と同じだと言う事を確認した店主は、
店に戻って黒電話の受話器を耳に当て直し、電話向こうに居る警察官へぼやいた。
「まったく、またグループでの万引きでしたよ。これで今年に入って四件目だ」
秘密基地に戻った兄弟は皆、笑顔。それはまるで昨日の悪夢が存在しなかった様に土色
の表情はとても明るかった。
大分温くなった缶ジュースの蓋を学が開けた。飲み物が窮屈な入れ物から爆発するよう
に学の顔面目掛けて噴出した。兄弟は皆、思い切り良く笑い転げた。
パンは豊の命令により、一回の食事辺り一つだけを四つに割って食べた。勿論、それだ
けで空腹は満たされない。水に関しては、まるで土地を持余した様な公園が幸運にもあっ
た為、そこで喉の渇きは数回癒された。
そろそろ時刻は夕方を指している。
皆が唾を飲み込んでいる前で残る最後の菓子パンの袋を豊が開けた。その時。
「おい、君達。ここで何をやってるのかな?」
濃い青色の制服と帽子をまとった大人二名がこちらへ歩み寄ってきた。警察だ。
もう既に逃げ切れる距離ではなかった。兄弟は瞬時に硬直し微動たりとも動けなくなる。
いや、空腹と昨夜からの絶望感から動けなかった。
「その菓子パン
……
。今日、上間商店で盗みを働いたのは君達だね?」
兄弟は口を割らなかった。
「怒ったりしないから。君達、名前はなんていうのかな?」
一人の警察官が優しく訊いてきた。途端、静けさだけが辺りに漂う。
沈黙を解く様に、豊が小声で名乗った。
「まつだ、ゆたか
……

「松田! まさかこの子達は事件のあった松田さんの子供じゃないですか?」
「多分そうだろう。可哀想に
……

「君達。ここは汚いから、オジサンたちが働いている所に行こうね」
兄弟は警察車両の後部座席へギュウギュウに詰め込まれた。が、しかし、兄弟の間に窮
屈感と不安などは不思議と無く、逆に開放感に似た幸福が支配していた。
助かった、生き長らえた
――

その気持ちの方がとても大きく心の中に響いていた。
兄弟は警察所の留置所へ一旦入れられた。しかしながら兄弟にとって、取調室で食べた
弁当と綺麗なタオルケットが現実とはかけ離れた天国を思わせた。
彼らを署まで迎えに来たのは隣近所に住む老夫婦であった。靖子は、夫である次郎を殺
害後、家を放火し、松の枝で首つり自殺を図っていた。彼らは一夜にして両親を失ったの
である。
兄弟は何時までも待っていた。全焼し潰れた家の焼け跡で立ちすくみ、亡き両親の帰り
を待っていた。未だに

あの事件は夢だった

と信じて疑わなかったのである。
今夜も訳の分からぬままに精神が混乱した。現実との境界線上で泣き崩れていた。
正樹は大人になってそれを思い出し、誰かに呟いた。
「あの日が自分の人生で最初に失った愛だった ――

愛すると言う事~第二章
一九七七年
恵は正樹が誕生した年から一年後となる昭和五十二年十一月七日に生まれた。
彼女の家系はとても複雑で、特に母に関しての職業は神秘性があった。
恵の母、上村倫子は霊媒師で、沖縄では

ユタ

と方言で呼ばれる存在。彼女は一度、職
に関する問題から離婚の経験があり、今回授かったこの子の父の場合、妊娠が発覚してか
ら突如蒸発し行方をくらませていた。この時、父親こそ違うが、恵にとって姉の存在とい
える五歳の愛娘が居た。
姉妹には母譲りの天性なる特別な能力が備わっていた。二人は除霊所などに隣接された

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