愛するということ 第二章 15


様だった。明るい光に慣れた視線を前方に戻した。黒の大理石で出来た背丈ほどの記念碑
のようなものが建っている。その前には華や供え物が、いくつも並んで置かれていた。ふ
と、奥の方に目を向けてみた。そこには、戦後の焼け野原に植えられ育った杉の木が立ち、
そして周囲へと及ぶほどに同種の木が幾つも連なっていた。ここは一体
……
? 全ての光
景を目の当たりにした由美子は唖然とした。
「もう一つある現実の世界ですよ」
突然、由美子の背後へ立つ倫子が彼女の心を悟って居る様子で言った。並んで立つ由美
子と真知子は、同時に顔を向けながら驚く。
「先生、何時の間に?」
由美子の口からとっさに出たその言葉には、もはや『ユタ』へ対する概念が全く違って
いる事が分かった。
「え? どういう事ですか? もう一つの世界? 私が見た世界は暗闇でしたが
……

「この世はDNA細胞のように並行して螺旋状に進む二つの人生があります。そして、そ
の間にある二つを支える道が、それぞれの人生の分岐点であり、そして唯一互いの人生を
行き来できる事が、限られた者にのみに許された道です。私は自ら魂を抜き取り、あなた
の言う暗闇の世界である分岐点からもう一方のこの世界へと移動しました。それから、あ
る特殊な手法にて局地的に全てをすり替えた訳です。もう一つの世界ではこの土地に建物
など存在せず、この通りちゃんと戦没者を供養しておりましてね。今回、この様な多数の
悪霊が集結した場合で、かつ時間がとにかく無いときなどによく使う方法なんですよ。大
丈夫、もう一つの世界には除霊をする時間と余裕があります。場所や除霊方法などは、も
う一つの私にちゃんと話してあります」
倫子はまるで簡単な作業をやってのけたと言わんばかりな口調で、軽く流すように話し
た。この世界において全ては、この二十螺旋から構築された運命から人は未来へと導かれ
ているというのが彼女の定説であり、そしてまた、螺旋を描くその平行した二つの人生が、
陽と陰を平等に導き、人は神によって用意された間にある道にて何度も選択を迫られ、全
ては未来へと導かれていくのだと言う。
三人は、部屋の中へ入った。向こう側の世界の時刻とは対象的に、こちらでは非常に眩
しい太陽から発生したエネルギーが三人をとても熱く出迎えた。目の前にある黒い大理石
で作られた慰霊碑へ歩み寄った。二十七名の名前が刻まれている。真知子は、自身の母と
祖父、そして祖母の名前を目でなぞるようにして探した。右から九番目辺りに三人の名前
は確かにあった。瞬間、真知子の涙腺が緩み、其処から涙が溢れ出した。あの一瞬の出来
事から数十年。真知子は母の最期の愛によって集団自決から救われ、 「母の分まで」と、激
動ともいえる戦後の沖縄をこの時まで力強く生き抜いてきた。それを思い出したかの様に、
彼女の全身へ蓄積された疲れが一気に表情を露にし、その場へ屈み込んで泣き崩れた。真
知子は震える唇を動かし声を発した。
「おかあさん ……


「もしもし、もしもし、大丈夫ですか?」
108号室で起きた事件を鮮明に思い出した矢先に、徹が心配そうに話しかけてきた。倫
子は我に返った。
「あ、はいはい」
あの事件から一週間も経たない内に、
[
AMUR
]
の営業は完全にストップし、言いつけ
通り更にその一ヵ月後には建物が全て取り壊され、あの0ポイント付近以外は完全なサラ
地と化した。その後、何らかの手違いによってすり替えた世界が元に戻る事が無い様、倫
子は周囲に結界とフェンスを設け、参拝以外では立ち入れないようにした。が、しかし、
どうやら何者かによって結界が破壊され、世界が範囲を広げて再び戻ってしまった様だ。
倫子は徹の住むアパートへと向かった。其処には、様態が急変し倒れた美代子の姿があ
った。倫子は全身の肌が異常なまでの褐色、かつ極限の寒さを思わせる鳥肌により全ての
体毛が直立している外観から美代子の様態を察知した。症状は非常に深刻。
成仏は不可能と考えた倫子は、一旦自身の魂と共に美代子の背後から全てを乗っ取る様
にして同体化させた悪霊を、もう一つの世界へと転送させる方法を試みる事にした。
倫子は美代子の隣へ同じ様に横たわった。そして目を瞑った
――

たちまちに、二つの同体が熱する様に赤くなり始めた。その明るさは、やがて黄色と白
色に非常に眩しいくらいに光り出し二人の転送が始まった。二つの胴体が、左右へどんど
んとくねらせる様にしながら薄くなっていく。そして完全に姿を消した。
二人は一つの分岐点より、もう一方の世界にある目的の場所へと意図的に到達した。姿

コメント

人気の投稿