愛するということ 第二章 19


「彼女とは、戦時中に生き別れとなりましてね。終戦後になんとかここに戻って来れた事
までは良かったんですが
……
。しかし、だいぶ遅すぎたようでして
……
。まさか子供と一
緒に自決していたとは
……
。本当に無念です。この戦争は本当に酷かった
……
。しかも、
最後の最後まで終わる事無く、生き残った者たちをも永遠に苦しめ続ける
……
。せめて、
尊い命を自ら落とした彼女達には、どうか安らかに
……

彼は途中で言葉をつまらせ、その場で大粒の涙を流し始めた。
「可哀想に
……
。大丈夫ですよ! しっかりしてください」

――
場所は何処なんですか?」
外に立つもう一人の慶三が、店内の彼へそう発した。その声は、不思議にも女性の慰め
よりも強く彼の耳に届いた。
「慰霊碑の場所ですか? 桜町
――

茅野市 桜町四

二二

二四番地に建つ慰霊碑は、この世界に居る彼が、まだアメリカ支
配下である市に協力を要請し続け、昭和二十八年にようやく置かれた物。
住所を言い終えた後、店内に居る彼がはっとし、店の外側へと顔を向けた。しかし誰の
姿も見えない。その後、彼が首をかしげた頃には、既に違う世界から訪れた慶三の魂は、
その地付近へと瞬間的に移動を果たしていた。
目的の場所近くに着いた慶三の魂は、懐かしさを感じていた。この丘にある森には、少
年時代の思い出が沢山ある。世界こそ違う物の、目に映る色彩は昔とは大分違いはあるが、
どちらの世界共にその光景に対する変化は全く見られない様に感じた。彼は今、子供の頃
よく足を運んだこの森にある秘密の場所へ立っている。東には太平洋。そして西方角を向
けば東シナ海が望めるこの絶景の位置を知る者は、非常に少なかった。慶三は良く晴れた
青空と、下に見える少しばかりの町並みのずっと向こうにある小さな島々、波しぶきを上
げる岬、南から北へと伸びる白い砂浜、を左から右へゆっくりと眺めた。一息ついて後ろ
を振り返る。少しばかり低い丘の頂上付近にある杉群の合間に一本だけ赤い花を咲かせた
でいごの木を見つけた。彼は、体を宙に浮かせるようにしながらその場所へと一直線に向
かった。そこが慰霊碑のある場所だ。慶三はデイゴの木の下まで来た。向こう側からは見
えなかったが、周囲にはガジュマルや鳳仙花が雑草と共に生息している。彼はすぐ後ろに
建つ黒い大理石で出来た慰霊碑へ最後に体を向けた。この位置からは、二十七名の名前が
刻まれた表ではなく、裏に刻まれた施行者名等の確認が出来た。そこには、市名やその他
協力者名などと共に、自分の名が並んで存在していた。表へ回って没者の確認を順番にす
る。右から二十一番目辺りで慶三の視線は止まった。『山田志津絵 俊之 文恵 百合子』
嗚呼、なんという事だろう。慶三は、もう一つの世界における、時の歳月を消化した自身
の人生を悔やむような息を吐き出し、目を虚ろにした。
今回、この奇妙な体験に隠された理由について彼は考えた。全てを流れるがまま生きて
きた自身の人生に、一体何が足りなかったのか? そして自分はこれからどう行動をすれ
ば良いのだろう? これまで通りまた見届けるのか、あるいはこれで結末を迎えるのか?
自分はどちら共に
……
。頭の中を様々な自問が飛び交う。
「貴方が最後にやるべきことは、愛するという事です」
彼の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。自分の声だ。
彼は振り返った。
桜の開花したあの公園で分裂し消え去った分身がそこに居る。
「さあ、行きましょう。最期に救わなければ。行きましょう」
もう一方の彼は、慶三にはまだ分からない全てを悟っている。分身である彼は、何処か
らとも無くとつぜん出現した光のある場所の手前から慶三自身へ優しく手招きした。

旧正月を迎えて三日目となる平成元年の二月八日。
この年の旧正月を終えかけた深夜から、徹による上村家長女知子への性的暴行は始まっ
た。悲しい事に、初めて知る性のぬくもりと、これから深まり行く強制的な快楽に、彼女
の心は脆くも崩れ去った。同年四月。高校三年となった知子は、徹へ対して完全に抵抗な
き性的奴隷へと化していた。
「嗚呼 ――
!」
あの晩にきこえた母倫子のあえぐ様を、彼女は密着する徹の前で演じた。徹は日増しに
次なる欲求に駆り立てられる彼女へ段々と縄を緩め始め、何時の間に彼の主権は抹消され
ていた。知子がこの狂った世界から目を覚ましたのは、焼け付く日差しがやや落ち着きを
見せ始めた九月の頃。
「お前はなんて綺麗なんだ」

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