愛するということ 第二章 12


「皆、あの世でまた逢いましょう」
長は、最後のメッセージとして周囲へ力強く残した。そして一秒刻みに、 「八」で全てと
なるカウントダウンは発令された。
「いち」
……
に」
……
さん」
長の教え通り『三』のタイミングで四つの手榴弾の起爆筒は、ほぼ同時に地面に叩きつ
けられた。およそ『四』となるであろうタイミングには、円の中央に転がっていた。
……

……
ろく
……
なな。そして、時が『八』となったとき、円の中央に向かって前屈みにな
った目線の焦点から、極めて破壊的な閃光が、囲う人々を襲い掛かる様に直撃し、そして、
後から来る凄まじい爆音と共に、魂は遠くへと去り行き全ては終わった。
「うぅ ……

中村真知子は、現実か夢なのか良く分からない空気の中で唸った。
強制的に仰向けの状態となった自分の体の上に、何かが重石として乗り掛かっている。
夜風が吹いてきた。彼女の顔に、何処から来たのか分からない長い髪の毛がくすぐる様
にして覆い被さって来た。全身は完全にショック状態から立ち直れず微動すら出来ない。
彼女は、呂律の回らない目で上空を瞬きする事無く見つめたまま息を吸った。そこから
は、上に圧し掛かる皮膚の一部が焦げ付いた母の匂いが感じ取れた。
「御母さん
……

彼女は目を閉じた。
中村真知子は、母の愛によって、この『集団自決』と言う惨劇から唯一救われた。爆発
の一歩手前で真知子を爆発から回避させるように母が抱き付き、彼女の命を救ったのだ。
彼女があれから目を覚ましたのは翌朝の事だった。日系人の米兵に頬を軽く何度か叩か
れながら「ダイジョウブデスカ?」と発せられ、夏とは思えぬとても寒い悪夢から命を宝
として生きる現実に起こされた時の事を、彼女は生涯大切に感謝した。
『LOVE

HOTEL AMUR』の経営者である沼田由美子は、108号室のシャワ
ールームにて、設備の状態や衛生管理等などをくまなく調べたあと、シャワーヘッドから
多量に吹き出る御湯で今日の疲れと汗を一通り流した。用意されたルームシャツを着けて
から一人床に付く。やっぱり何処にもおかしな点は見当たらないわ。朝になったら真知子
さんから本当の理由を突き止めるしかないわね。彼女は絶対に何かを隠してる。由美子は、
ダブルベッドに横たわったまま掛け時計を眺めた。時刻は零時近くになっていた。
「問題が設備の状態や衛生に関してでは無いと言う事なら、あと残されたのは一体何かし
ら? 呪い? 幽霊? まさかね。馬鹿げてるわ」
彼女はとても現実的な思考の持ち主で、実際に見たことも体験した事もない現実離れし
た話などとても信じる気になれなかった。しかし今夜は、何処と無く彼女自身もこの現実
的な観点からは答えの出ない問題に対して『心霊現象』という、自身としてはナンセンス
な言葉が嫌でも頭を過った。
彼女は洒落たテーブルランプのみ点けたままの状態にして眠りについた。そして、ここ
は一体現実の中なのか? 夢なのか? 判断する事が出来ない、狭い空間の世界で起こる
非常に怪奇的で異様といえる程以上のとても恐ろしい夢を見た。
「ゴーン
……
ゴーン
……
」南無阿弥陀仏
……
南無阿弥陀仏
……
」カシャッ
……
カシャッ
……
」ガガガガ
……
」ザッ
……
ザッ
……
」バタバタバタ
……

実に様々な哀愁漂わす音が、多重効果のステレオの響きで、かつ、それら全てが強引に
一体となるかの如く、嵩張り、目に見えて自分の耳に襲い掛かかって来る様な、なんとも
表現しがたい異質な音楽の様なものが周囲一帯から聞こえた。彼女はその世界でも現実と
全く同じロケーションにおり、同じ部屋と同じベッドで仰向けに横たわっている。ただ違
うといえば、現実では聞いた事の無いこの鳥肌の立つ異様な音楽と異常なほどの湿気だっ
た。たまらず起き上がろうと上半身を起こそうとした。起きれなかった。
頭を上げ、目線がちょうど入り口のドアを捉えた所で、あたかも何万ボルトの落雷の直
撃を受けたかの様に、一瞬で全身が凍りついた。強烈な金縛りである。
「ア、ア、ア ……

余りにも強烈な衝撃で、由美子の顎は外れている。もはや大声を発し助けを求める事は
現実的にも不可能な状態となった。

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