@二月の回想



@二月の回想

 令和二年の二月もあっという間に幕を閉じた。兎にも角にも無事でなりよりだけれども、引き続き大地震には警戒が必要なわけで。そんな中、二月の危険日を予言してきたけれども、まあ、大体は的中していた。80%くらいかな? 今後は予言しないつもり。本当に警戒が必要な時だけにとどめるようにすることにした。でないとパニックを誘ってしまうし、時が時(オリンピックイヤー)なだけに気楽にというわけにもいかない。下手をすれば善意が悪意ととらえられ、炎上やむなしといったことに陥ってしまっては元も子もないのである。炎上商法じゃあるまいし、そんなことで世に知らしめる気は全くもってない。炎上というものはあくまでも不本意なのだから。

 二月付で予想家というものは完全引退。理由は、興味がなくなったのと、面白く感じなくなったこと。それといちいち疲れるのだ。ちょっとした作業なのだけれども、やる気のないものをするというのは、本当に精力をホトホト使い切ってしまう。接収されている気分。それが一番の理由。調子自体はまずまず悪くはなかったな。もったいないといえばそこまでだけれども、継続させる自信がなくなったので、早いところ辞めてしまおうと判断した。どのみち近い将来、文壇入りとなりてお金に困らなくなる。その時まで貧乏生活をエンジョイしようというわけだ。噛みしめようというわけ。それは自身へ課す中々の調教プレイだとでもいうがいい。しかし、事実は事実。そう長いこと掛からずに未来は明るい方向へといざなわれることだろう。100%の確率。

 この月も文学界と口論となり、返された言葉がまったくもって遺憾なのだが、それもぐっとこらえて三月また頑張ればいい。そうおもう。一喜一憂していても仕方のないことがある。とにかく現状のままならば発展はないのだから。書き続けて行かなければなるまいて。その先に私の求めているものが確かに存在しているのだから。がんばろう。

 今年の一月は執筆の調子が上がらなかったのだけれども、二月に入ってようやくエンジンがかかってきた感じ。今月の三月は更に調子が良くなると思うけれども、ここへたどり着く(モチベーション回復する)までにおおよそ時間が食ってしまった。考えてみると去年の下半期から調子を崩してしまっており、最新作における第一稿の脱稿時期が大幅に遅れてしまった。それについてもはや巻き返しは困難なのだけれども、でもまあ、長いことやってれば、スランプとは異なるこういった時期もあるのかなと。つまりは息切れ症候群というやつだ。この時期、本当のところは旅へ出かけたかったな。二週間ほど温泉宿に泊まりたかった。金銭的に不可能なので幻のバカンス話だけれども。けれども、そう遠くないうちにそういったこともできるようになるのだろうなと。

 そして二月は私の誕生日だ。よくこれまで生きてこれたな。感慨深くなる始末でどうしようもない。まだ自分には需要があるということなのだろう。それをどこかで自負しているからこそ死ぬに死ねないのだろうね。こうなったら長生きして余生を幸せにしたる。その粋で頑張ってまいりたい。皆さん本当にありがとう。

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