愛するということ 第二章 5


縛られている。が、知子の胴体に取り残された怨念から成る常人を超えた凶暴な力はとに
かく非常に強く獰猛だった為、足を縛るまでは留守中の彼女らにはとても不可能。
霊気が途方もなく強烈だ。この怨念は外からの一般的な除霊法ではとても成仏させる事
が出来ない事を、強烈な怨念の塊である霊気から倫子は悟った。
「恭子!」
「はい」
「これから私はこの中に一人で入る」
「え? この中に一人で?」
「そうだ」
「先生。幾らなんでも一人は危険です。私達も共に入りましょう」
「駄目だ! それでは犠牲が増えてしまう」
「それじゃ、ここから除霊をすれば
――

「出来る事ならそうしたいが、これだけ強烈な魂は、もはや中からでないと厳しい。これ
以上時間が経てば、知子の魂が完全に食い潰されてしまう
……
。もう、どうにもならない
所にこの怨霊は達している。今すぐにでも向こうの世界へ行かなければ」
「向こうの、世界
……
ですか?」
「恭子よ」
「あ、はい。先生」
「私が居なくなった場合の話だが ……

「居なくなった場合の話? どう言う事です?」
「全ては由美子に話してある。とにかく、よろしく頼む」
倫子が何かに対して意を決しているように恭子は見えた。しかし、それとは何なのか恭
子ら弟子達は終わりを迎えるまで知る事がなかった。
倫子が妙な行動を起した事に恭子は気付いた。
「先生! 何を
――
?」
倫子は鋼鉄で出来たドアの前で全ての衣類を脱ぎ捨てた。それから数珠を両手に巻きつ
けたままの状態で掌を合わせ、腹の底から来る低く大きな声で経を唱えた。
「合図をしたら直にドアを開けなさい!」
ドアを挟んで直そこに居る

怨念

が憑依した知子が、目の前に居る

ユタ

の経に驚き、
そして睨みながら後ろ歩きにゆっくり向こう端へ退いた。その時だ。倫子は合図と共に素
早く中に入り、弟子たちに鍵を閉ざすよう力強い口調で命じた。
倫子の御経は相手の霊気が少しばかり弱まるまでのあいだ続いた。あれから辺りの時は、
経の響きと共に大分経過した。そろそろ腕力自体も知子の体に相応しい所まで落ち着いて
きた事を倫子は知子の形相から悟る。知子の表情は元の正常な状態に近付いている。勿論、
この経を唱えている時点で “
完全に戻る可能性

に関して倫子は全く期待などしては居ない。
何度も言うが、この怨念は外からの一般的な除霊法ではとても成仏させる事が出来ない。
もし、それが今まで出来たのならば、この建物の一画にあるガマに取り残された霊魂全て
は、とっくに行くべき所へと辿り着かせる事が出来たはずだ。
この手の怨念を完璧に成仏させる方法は今まで使う事が絶対に無かったが倫子は密かに
知っている。しかし、それは「絶対の危険が伴う荒業」かつ、一つの怨霊のみにしか使え
ない、正に

対一のみへの自爆行為

とも言うべき最終手段。
全裸で中に入った倫子は、既に覚悟を決めていた。何としても娘を救わなければ。再度、
そう心に強く呟いた。今、彼女は知子の息が届く所まで近づいている。知子に呪移った悪
霊はこの時弱まりを見せていた。いや、封じ込められている知子の記憶が、経の力によっ
て少しでも自身の体内へと戻り、そして、抵抗的に自身の体を制御していたのかもしれな
い。倫子が近付いても知子であって知子でない彼女は動くことを許されず、只々唸り声を
あげるのが精一杯。
「神よ ……

倫子はそう呟いた後、母として最後の温もりを感じさせる様に目の前の知子と肌と肌を
びっしり合わせた。途端、知子の唸り声が硬直と共に止まった。
倫子が再び優しく口を開く。
「知子 ……
、御母さんが身代わりになるからね。大丈夫。直に良くなるから」
倫子が知子の頭へ両腕をゆっくり回した。
「何時でも天から見守っているからね。恵とケンカをしちゃ駄目よ。元気で頑張るのよ」
瞬間、とても眩しい光が密着した各部分から放たれた。段々その放たれた光は大きくな
っていく。先ほどから中の様子を伺っていた恭子は紛れもなく見た。そして思わず叫んだ。
「先生 ――
!」
倫子の全てが知子の体へ光を成し、ゆっくり、ゆっくり、入り込んでいく。

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