愛するということ 第四章 1


に正樹はこれまで何人も見てきた。それ故に、当初、彼は神経質だった。しかし、遠くか
ら自分の名前を呼ぶ恵から発せられた声と、全てが認める可愛さが、正樹の我慢を何時も
緩く解放した。
二人は礼拝堂から出た後、体育館側から階段を下りた場所に位置する、テニスコート奥
のベンチへ腰掛けた。空色は今日も大分明るく見えた。
「ねえ、正樹。来世とか、あと、何て言えばいいんだろう
……
。もう一つある光の世界、
そお言うのって信じる?」
正樹は無意識的に「うん」と答えた。
「聖書にね、こんな言葉があるの。 『わたしは光をつくり、また暗きを創造し、繁栄をつく
り、またわざわいを創造する
――
』多分、きっといつか、光と繁栄は来ると思う」
恵は口を閉ざした後、鼻から少し息をこぼしてから明るい空を見上げた。
「また一緒になれてるといいな。もう一つの世界で。向こうでは絶対こんな場所で出会っ
てないと思う ……
多分、もっと二人の場所が、とっても広くて暖かい所
――

正樹は恵の信仰かつ神秘的な事が混ざった話にうんざりとしながらも、真似るようにし
て上空を見上げてから「ああ、そうだな」と言った。
「そういえば、まだ話してなかったね。光の話 ――

恵はまだ一体化したあの日の出来事を話していなかった。彼女はゆっくりと丁寧に正樹
へ話した。
「それじゃ、お前は、恵であって恵じゃないって事なのか?」
「そう言われればそうかもしれない。だって自分でも意識が飛びそうな感じで話してる時
がある
……
。ほら、今とか時々そんな感じになってるし
……
。行動する時とか、何かがそ
うさせている事もある」
正樹は思い出した。確かに恵が誰か別の女性と重なって見える瞬間があると。しかし彼
はそれに関して自身の思い過ごしだとばかり考えていた。光の世界? 弟が逝った時、何
度か見えたあの現象の事だろうか? 恵の体験した話では、あれとは到底比べ物にならな
いほどに『光の世界』は大きく計り知れない。それならばあの断片的に見えた幻は一体何
を意味していたのだろう? 恵と同じく、弟は何かを見せる為に、いや、知らせる為に、
今は思い出せないほどに一瞬であった映像を見せたと言うのか?

――
! 彼の記憶から一つの映像が鮮明に蘇った。テニスコート側の木陰にあるベンチ
に座り込み語り合う二人の姿を遠くから広角に捉えた光の世界。まさにこの時の二人の姿
だ。
「わからない。でも、お前の言う『光』の話は信じるよ」
「ありがとう」
会話が途絶え、辺りから雑音が聞こえるほど静まった。二人はテニスコートにある緩ん
だワイヤーから爛れた様子で見えるネットへ同時に目を移した。恵と正樹は境界線を引い
てある世界を、光は交互に飛び越し『結末』へ進む気が何となくした。
「恵は正樹のこと、ずっと好きだよ」
恵が正樹の方へ状態を向けた。
「正樹、目を閉じて」
恵は正樹が目を閉じたのを確認した後、同じく目を閉じ、祈りを唱えた。
『どうか、わたしたちに良い事が見られるように。主よ、どうか、み顔の光をわたしたち
の上に照らされるように
――
アァメン』
『ああ、わがはらわたよ、わがはらわたよ、わたしは苦しみにもだえる。
ああ、わが心臓の壁よ、わたしの心臓は、はげしく鼓動する。
わたしは沈黙を守ることができない、ラッパの声と、戦いの叫びを聞くからである。
破壊に次ぐに破壊があり、全地は荒らされ、わたしの天幕はにわかに破られ、わたしの幕
はたちまちに破られた。
いつまでわたしは旗を見、またラッパの声を聞かなければならないのか。
わたしの民は愚かであって、わたしを知らない。
彼らは愚惨な子どもらで、悟ることがない。
彼らは悪を行うのにさといけれども、善を行うことを知らない』
あの日から一週間も経たぬ内に、懸念されていた出来事が『沈黙』を破り、聖書のお告
げとおりに『その音を、心臓をはげしく鼓動させて聞く』ことになった。
「正樹、ちょっといいか?」
正樹にとって一番の親友である智彦が、施設内からの外出が許可された日曜の昼すぎに
園外散歩へと誘いに来た。正樹はこの日の昼食後、恵と再度二人きりで会う予定だったが、

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