愛するということ 第二章 7


平成元年の二月六日。
この日、南の島では神々を崇める者達と信仰のある町のみに限定されたが新しい年を迎
えていた。所謂、旧正月である。
上村家には先祖代々から受け継がれた仏壇がある。普通、それらは一般的に長男が受け
継ぐ形となるが、上村家の場合、家柄が特殊である為に特別それとは違い一家の中でも家
業を受け継ぐ

ユタ

に仏壇やその他財産が与えられる仕来りになって居た。実は倫子も恵、
知子と同じく二人姉妹だったが、姉の方は倫子と同時に行った『成巫儀礼』の途中段階で
残念ながら酷い死に様で命を落としていた。無事にラインを越え

ユタ

になったのは、倫
子だけだったのだ。
上村家の歴史はやはり古く、親戚は当然ながら非常に多いのだが、しかしその中でも




に関する業を営むのは倫子の一家だけであった。非常に特殊ともいうべきこの一家は、
昔から親戚を含む外部の人間とはあえて密接な関係を築く事が無かった。それが影響して
か、この年もこの家に訪れる来客者は親戚に関してのみだが両指で数え切れるほど非常に
少なかった。この家に来る親戚は決まって毎年同じ時間帯に訪問してきた。そして知子は
中学に上がってから、その数少ない来客者の来る大まかな時間帯と日にちを自然と把握し
ていた。
今年の来客予定者は残る一人
……

その男は、今年も旧正月最終である二月八日今夜の八時頃に来るはず
――

知子は人知れず密かに動揺しながら心で呟いた。
彼の名は山田徹。母、倫子とは大分離れた従姉弟であり、そしてまた、倫子はこの男の
禁じられた一線を越える愛人でもあった。徹の体型は中年太りを思わせる様に腹が胸より
も張り出しており、背は低く顔つきも余り良いとは言えない感じで、年は三十代半ば辺り。
知子が倫子とこの男が性的関係にまで及ぶ事を知ったのは中学二年の時。
一九八五年の旧正月。
男は去年までとは全く違う誠意の無い態度で母屋に居た。このとき知子には、まるで倫
子が彼の婢に見えた。
正月を終えた翌日の深夜。
知子がトイレへ行こうと部屋を出て母の寝室を横切った瞬間、何か呻く様で官能的な小
声が耳を掠めた。知子は一瞬で硬直し、両手で顔下半分を隠した。初めて聞く大人の甘く
痛々しい声。
知子は決して悟られまいと、まるで何食わぬ様子を演じるかのようにスリッパの音をド
アから遠退かせた。その後、そこでスリッパを脱ぎ、素足の状態でフローリングの床から
音が出ぬ様、細心の注意を払いながら、ゆっくりと、ゆっくりと、母の寝室ドアまで忍び
寄った。それから彼女は聞耳をそっと当てた。防音を施された木製の上等な寝室ドアから
伝わる甘い音響が先ほどよりも大きく彼女の耳に届く。
倫子は

ユタ

であり、そしてまた、 『上村神霊経治所』の長として名声を轟かせていたが、
もう一つ。倫子は霊媒師とは思えぬほどのとても綺麗な顔立ちと体型で、巷では

琉球美人

としても密かに有名であった。娘の知子は徹に対して「何故、美人な母がこんな男を相手
にしているのか?」と、この夜以来とても不思議で仕方が無かった。しかし翌年の旧正月、
知子は「母は愛人にさせられている」との確信を抱いた。
一九八六年。
山田徹は去年に次いで、今年の旧正月もリビングに堂々と入って来た。この様な事は去年
の正月から数えることが出来ないほどになっていた。どうやら今夜も過去同様に相変わら
ず玄関のチャイムを鳴らすことなく家に上がり込んだ様だ。テレビに夢中になっている知
子の背後から野蛮な挨拶代わりに胸を鷲掴みにして触る。それに驚き振り向き両手を払う。
成長著しい胸を隠したまま殺気立たせた眼を光らせ睨みつける知子の顔をいかにもいやら
しくニヤリと見つめながら「顔だけじゃなく、体つきも倫子に似てきたな」と話しかける
のが去年の盆明け時から行う奴の “
勝手なお約束

とも言うべき典型的な行動パターン。
「変態! 出てけ!」
知子ははっきりと罵声を浴びせたかったが、こんなときに限って近くに居ない母の顔が
彼女の脳を過り、また、隣で面白そうに見ながら笑う恵の顔を横目にし、これ以上笑いの
ネタにはされまいと深いため息を頬っぺたへ溜め込んだまま、知子は寝室へ逃げ込んでい
った。
寝室に入ると彼女のお気に入りの掛け時計が一番に眼に入る。知子は恵が寝室に入れな
い様、ドアの鍵を閉めた。電気は消されたままだ。

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