@明日というものは誰にだって与えられた権利です。


@明日というものは誰にだって与えられた権利です。

 明日が見えない。明日も苦労人なのだろうか? 自分はどうせ負け組。そういった負の連鎖を抱え込んでいる方が本当に多いご時世。一体どうすれば幸せへの第一歩を踏み出せるのだろうか? 幸せの道へ通づることができるのか? 不幸な人ほど考えたことがありますよね?

 牧師の私にしろ、まだ理想郷へのステップの段階であり、幸福からは程遠いです。しかしながら本質をとらえた説教は出来ます。教えを講ずることができます。人は失敗談から成功へと通ずるものなのですから当然です。それが許されないのならば世の中がここまで発展している訳がないじゃないですか。

 明日を良くする方法はたった一つしかありません。それは、今日を大事にするということです。夫婦関係にしろ、交友関係にしろ、仕事にしろ、趣味にしろ、すべてに当てはまることですよね? ちがいますか?

 残念ながら世の中というものは生まれながらにして完全に不公平です。それは牧師の私だって同じこと。これまで過酷なる不幸の境遇の連続でした。生まれてこの方なのですからほとほと疲れ切っている次第でもあります。しかしながら、だからこそチャンスを作成していって、それを物にする。そのサクセスストーリーを織りなすことで、私と同じ階層に存在する人々への光のあかしができる。だからこそ頑張って生きなければならないのです。挑戦し続けなければならないのです。

 しかし、その過程の中で、精神的にも肉体的にも疲れ果ててしまって、病に倒れたとしましょう。その時は、まず、たっぷりと休むことです。もしくは休みながら少しずつ夢を進めてゆけばいい。何事もできる範囲でしか行動は起こせませんから、焦る必要はないわけです。時には三歩進んで二歩下がったっていい。長いこと生きていれば、全く収穫のない日だってあります。何事も大事なのは、一番忘れてはいけないことは、明日を作ること。それは例えば「生きながらえる」というワードであってもいいわけです。

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