@原付バイクと風景画 1


@原付バイクと風景画 1

原付バイクと風景画
著者:滝川寛之


 イーグルを和名で大鷲という。たしか、それを題材にした絵を描いたことがあった。
 野獣というのも不思議なもので、いまや片言さえも久しく感じる。
 冬になれば観光客の足音さえも届かな。太陽はとても光っていて、それを大地がキラキラと照らし出していたが、凍える寒さまでは払しょくできなかった。どの家庭にも暖炉というものがあって、斧で割った小薪でめらめらと火を焚きだしたものだが、しかしながら、この病院にはその暖炉が無くて、その代わりとして石油ストープがあった。雪は外界の全面に降り積もっていて、実に音もなく、しんとしていた。

 わたしはこだまはるか。漢字ではね、こう書くの。兒玉遥。どう? 素敵な名前でしょ? あなたにも意味があるのよ。あなたの名前にも意味があるの。

 遥はひとりの幼子に、そう説教した。

 兒玉遥はことし、栄誉賞を受賞した。とても大きな賞だ。彼女は画家。
 酷く荒れた大地が彼女の題材のようなものであった。夜になると、北斗七星がきれい。彼女は北海道に住んでいた。
 トロトロに煮込んだやわらかい牛の筋肉が、遥は大好き。それでこしらえた筋カレーは大好物のひとつとしてある。筋肉はホタテの貝柱を干した乾物を具の中に入れれば圧力釜を使わずしてもとろとろに柔らかくなる。その裏技を知っているのはごく限られていた。
 遥が幼いころ、父親の三郎は網走刑務所に居た。受刑者。
 北海道へ越してきたのはその(継続的な面会などの)ためでもあったが、なによりも遥が学校でいじめにあう事を嫌ってのこと。三郎は連続強姦の罪で刑を受けていた。母親の咲子は誰も知らない大地へ越したかった。北海道への移住はもはや必然的と言えた。
 正直、明日さえもわからない毎日。
 咲子は体が病弱だったために、やむおえず生活保護に頼った。犯罪者の家庭など国が面倒見てくれるはずもないと思ったが、夕張市役所は保健所にアポを取ってくれた。
 遥は幼少より絵を描くことがとても好き。
 最初はクレヨン。そしてクーピーペンに走ると、瞬く間に絵の才能を発揮した。咲子はその落書きのような絵を見て、彼女の才能というやつに感づいた。これは落書きでも何でもないわ、と。
 遥はつきだしたような美顔。鼻は高く、あごは角があり、しかしながらへこむべきところはへこんでいた。いわゆるロシア人のような容姿。なにが異なるかと言えば、裸眼と毛質くらいのものだ。
 ――あなた、英語分かるでしょ?
 大学生の頃から、初対面の方々に何度もそう訊かれたことがあった。答えはノーだ。遥は勉強が大の苦手で、得意分野は美術しか取り柄がなかった。
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