@原付バイクと風景画 3


@原付バイクと風景画 3

 嗚呼、愛おしい子。愛おしい子。
 
 宮古島には、県立宮古病院という大きな総合病院がある。咲子はそこへ通う事になっていた。北海道の病院側が紹介状を書いてくれて何もかも手配してくれたことに感謝した。遥は宮古小学校に通う事になっていた。
 そんなに大して荷物はなかった。主人の荷物はどうしようかしら? そればかりが悩みの種。結局、捨ててしまおうと言う事にして貸家の契約を解除した。宮古島行きが完全に決定した瞬間でもあった。
 それからは非常に時の進み具合が早かった。飛行機は那覇空港からの乗り継ぎで宮古島へと飛んだ。およそ三時間ばかりの空旅行。それがまた退屈で遥はじたばたしていたが、咲子はスチュワーデスからお菓子をもらってなんとかごまかした。
 飛行機の窓から見る沖縄の海は、しごく青く透き通っていてきれい。サンゴ礁がまるでいらっしゃいのあいさつをしているかのように新鮮に映った。おかあさん、きれいだね――! と、遥は、はしゃいでみせたが、母の咲子はニコリとするだけで、あとは何も言わなかった。だいぶ後になって分かったのだが、咲子は、もうこの時には身体がだいぶ弱っていた。
 宮古島に着いた。
 琉球舞踊で使われる花笠(はながさ)の形を宮古空港はしていて、ロビーには大きな赤サンゴが展示されたガラス張りの支柱が何本もあった。遥はそれを見るなり、「こんなに小さな入れ物に入れられて可哀そう」だと咲子に話をした。遥はこの時にして、もはや自然人間界について考えるようになっていたのだ。
 ――やはり、この子は天才ね。
 絵の才能はこんなところにも表れているわ。咲子はそう思った。
 今回の交通費は夕張市がカンパで内密的に募ってくれた。ほんとうならば、生活保護法に抵触するのだが、職員たちには日本人のこころというものがあった。人情である。
 ありがとうございます! この恩は一生忘れません! ありがとうございます――! 
 咲子は遥の知らないところで大泣きしていた。それを知らずにいる遥は、平和そのものであった。
 それでいいの。遥には嫌な思い出なんか作ってほしくないもの。
 咲子は常々そう考えていたものだから、それらはまるで当然のことのようであった。情けをわが子にだけは見せたくはなかった。
 三月後半の沖縄県宮古島は、はやくも暖かい気温になっていた。とくに咲子と遥親子は、北海道という寒い土地からの移住だったため、その暖かさも暑すぎると感じるくらい。宮古島空港から団地に着いた。
「荷物置いたら、近くの海を観に行こうね」
「うん!」
 玄関の鍵は開いていた。言われていたとおりにポストへ手を伸ばしてみる。ちゃんと鍵は入れられていた。咲子はここで初めてほっとした。


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