@原付バイクと風景画 28

 


@原付バイクと風景画 28

 里美は洗濯物を済ませて遥を呼んだ。さあ、遥ちゃん。読みましょう。と。遥は里美の膝を組んだ上に座らされた。これで一緒に遺言状に指をあてながら読むことが出来る。そしてなぞり声を出して里美は読んだ。

『遥への遺言状

 遥、元気にしていますか? 今頃は天国の中に居るお母さんです。これから大変だけれど、里美先生と協力し合って生きて行ってちょうだいね。あなたの将来を楽しみにしています。遥は画家になりたいと言っていたけれど、お母さんはね、デザイナーという職業もあなたには向いていると思うの。画家は大変よ。でもね、だけれど、あなたが歩みたい道に進むのが一番です。くれぐれも里美先生の言うことを聞きながら歩んでちょうだいね。それから、財産はこれっぽっちもないけれど、もしかしたらと思って、何かの役に立つかはわからないけれど、お母さんの実家に連絡しておきました。実家は遥の生まれた東京にあるのよ。遥の生まれ故郷は東京なの。住所を書き留めておくから、もし将来、東京に行くことがあったら遠慮なく頼ってみてね。お母さんはかんどうという形で家族から離れたけれど、遥のためにもお願いしたのよ。だから大丈夫。東京へ出たら、いつでも行きなさい。それと、お父さんの実家も書いておくわね。再会することはお勧めできないけれど、もし、遥がどうしても会いたいと言うのなら、高校を卒業するころには、北海道の刑務所を出ているはずよ。くれぐれもおきをつけなさい。さいごに、遥の籍は里美先生の物にしておきました。心配しないで。これもいろいろと将来、何らかの手続きで厄介になるものだからそうしたのよ。それに里美先生も理解してくれて本当に助かってます。遥、お母さんのことはお母さんのままでいい。でもね、里美先生も立派な遥のお母さんです。遥はさいしょ戸惑うかもしれないけれど、里美先生のことを新しい母親だと思って、お母さんって呼んでちょうだいね。それが里美おかあさんと遥のためだから。それでは。元気で暮らすのよ。愛してます。天国から。お母さんより』

 

 

 遥は高校進学から大都会、東京にいた。

 里美お母さんとはよく話をしたし、東京からもこちらからも連絡を取り合いながら進学について相談していた。宮古島には農林高校しかなくて、遥ちゃんの才能に見合わなかったものだから、画家の斉藤のぶこし先生も上京を強く勧めていた。ここが遥の生まれた街か……。彼女は自身の生まれた産婦人科医院も、住所を頼りに訪問していた。伊藤産婦人科医院というこの病院は練馬区にあって、ああ、ここがお母さんの住んでたところだったんだな。と、勘ぐったもの。練馬区は都会からかい離していて少し落ち着いた街並みだったものだから、都会慣れしていない遥にとって、東京の中ではいちばんなじみそうな気がした。しかしながら、お母さんの実家は世田谷区で、ここからはおおよそ離れていた。だけども、何か息抜きがしたいときなんかにこの練馬区には訪問したいものね。と思い、遥は東武東上線と山手線。それから東急線を頭にたたきつけた。

 お母さんの実家はとても裕福で、先祖代々の江戸屋敷なものだから、それは相当な大き敷地面積を誇っていた。遥は一夜にしてお嬢様へと変身したのである。それはまさしくシンデレラストーリーのようでもあった。しかしながら、それに嫉妬する家族もいて、特に長男息子の娘なんかが、よく遥を言葉の暴力でいじめたりなんかした。遥は当初、笑顔でかわしていたのだが、段々我慢できなくなり、一発、思い切りよくピンタを張ってやっ

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