@原付バイクと風景画 29

 


@原付バイクと風景画 29

たことがあった。それからだ。恐れおののいて何も言わなくなったのは。このときから権力は遥が握ったようなもの。だけども、優しい遥はそんなことは望んでいなかったし、とにかく仲良く楽しく過ごしたかったために、後々仲直りした。長男娘は徐々に心を開き、今ではすっかり遥と親友にまでなっていた。恋愛相談。勉強相談。いろいろした。話は尽きなかった。遥ちゃんは画家になりたいんだ? それじゃあ、芸術大学に行くといいわよ。私がおばあちゃんに話しておくわ。お金の心配はしなくていいのよ。大丈夫。おばあちゃん、私の言うことなら何でも聞くから。そんな会話をしたりなんかもしていた。彼女の名前は斉藤香織と言って、年は遥とおない年。

 遥はもともと、お父さんからの兒玉姓だが、金城里美の養子となってから金城姓となっていた。今回、上京した時には養子というわけではなくて、居候みたいなものだったものだから、姓が斉藤に変わることはなかった。あくまでも里美の娘として。これがまた厄介極まりなかった。おばあちゃんはそれについて毛嫌いしており、東京からの電話の際から斉藤姓にすると発していた。しかし、里美は引かなかった。郵送された手切れ金としてのなん千万となる小切手が気に入らなかったのだ。里美は頭にきて叩きかえしていた。これは遥ちゃんに使ってください。と。だけども、財力のある娘になったほうが、遥ちゃんのためではあるとは思っていたし、はたして、咲子さんはどう思うかしら? などと、遥ちゃんの上京後、独り考えていた。おばあちゃんは容姿のいい遥を見て、ますます我が家の養子として面倒を見たくなった。この子には我が家のお嬢様がお似合いだわ。と。そしてふたたび手切れ金を里美に送りつける。里美先生は暫く考えた挙句に、とうとう養子権を斉藤家にしぶしぶ譲った。しかたがなかった。遥ちゃんの将来を考えてのことだ。里美は自身の力不足を痛感して、一人泣いた。大号泣。けれども、遥ちゃんの故郷は宮古島よ。そして北海道。そうよ、そうに決まってるわ。遥がそれを忘れなければ、私はそれだけで十分。そうよ。嗚呼――! 里美は悔しかった。悔しくて悔しくて仕方がなかった。兒玉咲子さん、最後まで面倒見てあげられなくて本当にすみません! 嗚呼――! 里美は泣いた。只、ひたすら泣いた。

 おばあちゃんの名前は斉藤礼子(れいこ)といった。昭和初期ごろの名前としては新鮮だったに違いない。あの時代では、一般人で言うところ、ツル、や、キク、などが凡庸的だろう。それが江戸屋敷のお嬢様らしく「礼子」だったのだ。礼子おばあちゃんは、名前からして礼儀を重んじる女性。香織はともかくとして、遥には茶道と華道を徹底したほど。おばあちゃんはよく遥に村岡花子のエッセイを読ませていた。流暢でいて清潔感の漂う文体は、滑らかな女体そのものであり、よいかほりのすると言った具合の、女性の女性による女性のための書物であったために、遥はなんだかそんな女性は沖縄にはいなかったわね。などと、すこしだけ目がかゆくなる始末。沖縄県民は美顔の中にも、たくましさがどこかに漂っているのである。逆に東京には沖縄県民のような人間は散見されなかったものだから、遥ちゃんは高校でカルチャーショックを感じたほど。

 遥は、お上方の事情による苗字のたらいまわしみたいなことが大嫌いだったし、許せない気持ちになったりもした。どうして私の名前はいつまでも変わり続けるの? どうして? どうしてなの――? 当初、斉藤どころか、金城姓すら嫌。嫌で嫌で仕方がなかった。だってそうでしょう? わたしはお母さんの娘なのよ。兒玉、兒玉遥なの。誰が何と言おうと、わたしは兒玉なんですもの。しかし、事情というものは皮肉なもので、生死をも左右するほどの問題。それなものだから遥はあきらめた。仕方がなかった。嗚呼、このままじゃ、いつかはお母さんが消えてなくなっちゃう。どうしよう……。遥はそれだけはぜっ

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