@原付バイクと風景画 20


@原付バイクと風景画 20

た。母、咲子を思い出して泣いたのだ。それについて里美は何も言えなかったし、言うべきではなかったものだから、気持ちは本当に同情そのものしかなかった。遥ちゃんが可哀そうで仕方がなかった。遺言状について、時を見てはるかに読ませるつもりでいた里美は、まずは自身が確認を済ませていた。そして遺言にある通り、遥の籍を自分のものにした。遥にはまだそこまで話してはいない。今は分からないことがたくさんあるからだ。これ以上、彼女を混乱させたくはなかった。そして、いつしかコンクールの絵を書くことになる。
 遥は、まいにちまいにち里美に与えられた自室にこもって絵を描いていた。それは里美には決して見せはしなかった。はるかちゃん、なにをかいているの?時々、里美先生は訊く。ないしょです。遥は、里美に敬語をいつまでも使った。里美は彼女のお母さんではない。あくまでも先生でしかなかった。それが里美はさびしかったが、仕方のないことね、時が解決してくれるわ。だけれど、そうでなくても良いものね。と、ため息交じりに考えていた。遥の絵が完成した。とうとう里美に見せる時が来たのだ。コンクールの絵だもの。いつかは見せなければならなかった。一人だけのものにはできなかった。それは、遥にとって、それほど重要なことではなかった。いつかは見てもらう。いろんなひとに自分の思いを確認してほしかったし、自分をあからさまに表現したアートだったものだから、それはもう芸術の域をこの年で越えていたわけだが、遥は、みんなに見てほしかった。それが彼女の願いだったのだ。里美は彼女の絵を確認した。そして感動の余り、思い切りよく泣いた。油絵ではない画用紙に描かれた水彩画は、裸の咲子にくるまれた幼女、遥の姿。恋しそうに母乳を飲んでいるその光景は、遥にとってすべての思いが込められているかのよう。色使い、構成、何もかもが天才的で、とても素晴らしかった。里美先生はこの時感じた。この絵は彼女の代表作になるわ。と。大切に保管してもらわなければ――。そう思った。


 小学二年の二学期がはじま
 旧盆から気温が幾分落ち着きを見せた。しかしながら、しのぎの暑さは残されていたこの時期は、なんだか遥にとって心地よかったけれど、彼女自身、まだあの日から何一つ整理はできていなかったものだから、季節の変わり目というものは時として酷な感じがしていた。それでも時は進む。そう悟らされているかのようで、心地よさと同時に不快も感じた。夏休みは剛とも遊ばずに、肖像画と風景画ばかり書いていた。コンクールに提出予定の作品は、聖母マリヤのようなあの絵だと決めていたものだから、そのあとに書いた作品たちに対して、そんなに気を張るようなことはしなかったが、それでも大好きな絵だったものだから、しっかりと書くようにはしていた。このころには、遥が里美のことを、いつまでも先生、先生と呼ぶのはもう慣れっこにはなっていたが、それでも里美先生はあきらめることなく、しっかりお母さんの役を演じていた。
 遥はまいにち、まいにち、骨壺の中に居る咲子の骨に向かって独り言をつぶやいていた。じつはいうと、納骨は済ませていなかったのだ。それが咲子の願いだったわけだから。遺言にそう書かれていたし、里美もそれもそうよね。と思っていた。骨は北海道に埋めてほしいと書かれてあった。それがいつになるのかは知らない。わからないけれど、いつかは遥ちゃんと北海道へ旅行がてら行かなければならないなと里美は考えていた。
 いよいよ全国絵画コンクールの提出日が来た。
 それは二学期が始まってすぐのことだったものだから、そんなに待った、待ちわびた、

コメント

人気の投稿