原付バイクと風景画 7

 原付バイクと風景画 7

「ぜんこく、かいがこんくーる?」

「絵のコンテストよ」

 里美先生は詳しく説明して見せた。全国の小学生が学年ごとに競う絵画コンクールのことを。遥はそんなものには興味が無かったが、里美がどうしてもというものだから、まあ、それはいいのだけれど、とりあえずじぶんは何も考えずに描きつづけることだけを意識する。それだけ。みたいなことを思ったし、何も難しく考えたくはなかった。かいが、おれも――! 剛君は叫ぶ。しかし、そんなみんながみんな作品を出せるなら、それが許されるなら、それらは全国から届くということで、審査員が困ってしまう。里美はそう説明して剛をあきらめさせた。――ちぇ! いいなぁ! 剛君は本当にうらやましがっている様子だったものだから、遥はそれを見ていてなんだかおかしくてしょうがなくなった。くすくすと表に出してしまっていた。嗚呼、なんてすばらしい日々なのかしら。里美先生はそんなことを思った。それは、この天才少女と出会ったことも一理ある。しかしながら、それ以上にこの温かみのある毎日が里美にとってはお気に入りそのものだったのであった。

 咲子の病状は悪化の一途をたどるばかり。今月の検診の際、CTスキャンの影が大きくなっているのが確認できた。彼女は北海道の頃から末期癌。咲子は思った。私が死んだあと、誰が遥の面倒を見てくれるのか? と。それを考えると、とてもじゃないが、今、死ぬわけにはいかなかった。しかしながら、入院中、遥の面倒を見てくれるものさえいなかったために、もはや末期がんなら自宅で死のうと決め込んでいた。それに手術をするとよけいに死期が早くなるとも話を聞いたことがあったので、躊躇した考えもあった。咲子は、自分の故郷の話をしておかなければならないと最近になって思うようになっていた。そこで遥を面倒見てくれる可能性は非常に少なかったが、藁をもつかみたい一心。それとも、里美先生にお願いしようかしら? そんな迷惑なことさえ考えたことも確かにあったものだから、本当に心は一杯いっぱいであった。

 遥は今日の日曜日も里美先生と一緒。里美は最近、遥ちゃんのお母さんと会っていなかったために、まさか、咲子の髪の毛が抗がん剤で無くなっていることなど気づきもしなかった。咲子は遥にさえ毛糸のニットをかぶって髪の毛が薄くなっていることを隠していたものだから、それ(髪の毛がないこと)を宮古島で知っているのは、しごく限られた話。咲子は、遥が里美先生と出かけている間に、遥宛ての手紙を書いていた。簡単な遺言状と言うやつだ。それに、咲子の生まれ故郷の住所や父親の実家などを綴っていた。もしもはきっと、もうすぐそこまで来ている。彼女はそう懸念していたものだから、事を急いでいた。咲子は自身の実家にも手紙を書いて送っていた。どうか、私に万が一のことがあったとすれば、その時は遥のことをよろしくお願いします。と。そういえば、児童相談所にも話しておいた方がいいわね。私が死んだら、一時的に遥が世話になると思うから。そんなことまで考えていた。里美先生へはそろそろ話しておかなければなるまいて――。咲子はそう決意したものだから、夕方、遥が里美先生と自転車で帰ってきたときには、「こんど、遥のいないところで、話でもしませんか?」と、遥に聞こえないようにして里美に発していた。先生は承知してくれた。

 翌週の休日は、絵を描くことをしなかった。遥ちゃん、たまには剛君と二人で遊んでらっしゃい。先生は今日、遥ちゃんのお母さんとお話合いがあるから。里美は遥にそう言づけておいた。団地の一室は、咲子と里美先生だけになった。二人で遥の絵の事やら学校の事などの話し合いを色々とした。そして、さいごに咲子から余命について相談を受けると、里美は私が面倒見ます。と返した。咲子はとてもうれしかったし、ありがたかった。

「それでは、遺言状に、そう書いてよろしいですか?」

 咲子が訊く。

「もちろんです。でないと、遥ちゃんは養護施設に入れられちゃうので、そう書いておいてください。そのほうが私も遥ちゃんを養子として手続きがしやすいですし」

 やさしく微笑みながら里美は咲子にそう返した。

「たすかります。本当にありがとうございます。こんなに迷惑をおかけして申し訳ございません。どうぞ遥のことをよろしくお願いします」

 涙ながらに咲子は言った。そっか……。わたし、はるかちゃんの義母になるのね……。里美は何だか感慨深く、そしてまた、遥の画家としての運命のようなものを感じた。その運命に私が関係するなんてとても光栄だわ。ふと、ぽつっと吐息を吐いてから、そんなことを考えたりもした。しかし、なんということだろう。遥ちゃんのお母さんが、彼女の晴れ舞台を見ることもなく亡くなってしまうなんて。とても信じられないわ――。里美先生は教え子の迫りくる破壊的なる現実を思った。遥ちゃんはそれに耐えられるかしら? 受け入れることが出来るかしら? そして、それでも前に進むことができるかしら? いろんなことが里美にとって不安だらけ。

 ――嗚呼、それでもこうして彼女を救ってあげたい。

 里美は何だか涙があふれてきた。体の震えとともに、だ。彼女はとても恐ろしかったし、怖かった。心配。だけども、遥ちゃんは私が立派な画家にしてみせます。そう最後に発した咲子との約束だけは、決して裏切りはしないと心に誓った。翌週の日曜日にな

 遥はこの日から油絵も描いてみることになったために、服装は汚れても大丈夫な古着を着けてくるように里美先生から言われていた。だがしかし、遥はもとから貧乏に染まっていたために、咲子は何を着て行ってもかまわないと彼女に話していた。遥には一張羅がなかったのだ。沖縄へ持ってきた着替えはすべてワンピースだけ。遥はとてもワンピースの似合う子であったために、剛はその容姿に対してほれぼれとしたもの。なにせ宮古島にはこんなきれいな子がいなかったために、剛おろか男子も女子もみんながみんな彼女をビーナスに感じた。剛ははやいところ遥を自分の彼女にしたかったし、だからといってその方法を知っている年ごろでもなく交際と言う言葉の意味すら知らなかったので心の内はやきもきしたものだ。じつは、遥も剛君のことをとても気になっていた。彼女も惚れていたのだ。相思相愛と言う言葉を使うにはまだ早すぎた年齢。でも、それでも、二人は夢中でおとぎの国を模索していた。会話をしているとき、顔を眺めているとき、絵を描いているとき、いろんな場面で遥と剛は互いを真剣に思った。

 遥の絵はまるで巧み。その構成から色使いまで、里美は彼女の天才ぶりに毎回ながら驚愕とした。なんて完璧なる天才少女なのでしょう――。里美先生は今日もそう思いながら遥のスケッチを確認した。

 あれから二か月。絵画コンクールに出す予定の作品は、順調に描き出し始めていた。夏休み入りは、もう片指で数えるだけになったころ。教室の外は非常にむしむしとしており、とてもとても暑かった。短縮時間表はとうぜんあって、この日も下校時間は早かったものだから、遥と剛は仲良く帰る途中でいつものようにして川遊びに寄り道なんかしたりもし

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