原付バイクと風景画 6
原付バイクと風景画 6
「個展?」
「そうよ。画廊(がろう)と言うところにあるわ」
「画廊?」
「うふふ♪ そう、画廊」
「あの、里美先生。画廊ってどんなところですか?」
「画廊とは、テナントに画家の絵がいっぱい置かれている場所なの。英語では”ギャラリー”というのよ」
「テナントって?」
「テナントは貸家みたいなものよ。場所を借りて商売しているところ」
言って、里美は遥ちゃんの表情に注意を凝らした。遥は、なんとなくだがとりあえずは理解できた様子だった。剛が来た。
「せんせい! 俺も一緒に行ってもいい?」
里美はおもわずくすくす笑った。
「いいわよ。あなたは遥ちゃん目当てだと思うけれど、一緒に行きましょう」
「やったー!」
「遥ちゃん、その画家はね、かなり有名な人で、東京でもギャラリーをやってるのよ」
「そうなんですか?」
「あら、あまりそのへんのところは興味が無いのかしら? そうね、まだ小学二年生だものね。でも、もう少し大人になったら、これがどれだけ凄いことなのかわかるようになるわ。たのしみね。うふふ♪」
「はい!」
「俺も、はい!」
里美は再びくすくすと笑った。こうして三人の約束は交わされた。
「な、な、な、遥。すげえ楽しみだな! 画廊だってよ! どんなところなのかな? 遥も楽しみだろ?」
「うん、たのしみ」
遥は楽しみ。楽しみで楽しみで仕方がなかった。嗚呼、教室へは大きな窓辺から朝の日差しが暖かく、そしてやや熱くも感じるようにして明るかった。遥は後ろ端の席だったために、それをダイレクトに感じ取っていた。また剛も同じようなもの。遥は急に鼻歌が歌いたくなった。るんるん♪ と、はちきれんばかりのその喜びは、当然ながら心の奥底から奏でられていた。彼女はがまんできず音にして口ずさんだ。すると、どうだろう? 剛も同調して口ずさむ。な? な? なんて歌なんだ? 剛はそう聞きたかっただろう。しかし、それは間違いなく聴いたことのない音色で音響だったものだから、彼は迷うことなく”これはオリジナルか? そうなのか?”と、遥に問いたかった。問いたくて問いたくてうずうずとした。四時間授業が終わった。
今日は”こくご”と”さんすう”と”ずこう”と”くらすかい”。遥と剛は非常に楽しく過ごせた。帰りにひと声あげたのは、すこしだけ剛が先で、遥は里美先生を呼び止めるのに失敗した形となった。なに? 遥が剛に訊く。いっしょにかえろうぜ! いいけど、道ちがうんじゃないの? きにするな! そう。遥と剛はそんな会話を交わしてからクラスを後にした。学校を出た。剛が言った。な、な、な、川、見に行かないか? と。遥は特別断る理由もなかったものだから剛についていくことにした。そして川辺に着いた。
二人はさいしょ泳いでいる魚を見たりだとか、カメを指さして見つけたりだとかしていたが、なんだか学校の疲れが出ていたためなのか、川岸に並んで座った。それからいろんな話をした。どうでもいい話や遥の事、剛の事。剛のお父さんは漁師をしているとのこと。すげえんだぜ! でかいカジキをつってくるんだ! 剛はそう誇らしげに言った。うふふ♪ すごーい! 遥は微笑んでそう返した。遥と剛は何だか相性が良く感じる。なぜだろう? のちにその疑問に気が付いたときがあった。答えは明白ではなかったが、やはり、あからさまに素を最初から見せていたことが要因ではないかなと思った。
休みの日の個展は人だかりで、中々ゆっくりとはいかなかったが、丸いシールでオークション形式に絵の落札を競うやり方を学んだ時は、なんだかおもしろかったし、遥もいくつかに遊びでシールを貼った。これが画廊か……。なんだか絵の具の匂いがとにかくすごくて、絵好きにはたまらない空間。まるでキャンパスに潜り込んだような、泳いでいるような、そんな錯覚さえした。絵はどれも素晴らしかった。画家ともあいさつを交わした。かわいいこだね! 名前はなんて言うのかな? こだまはるかです! 里美先生は遥の絵を持ってきていた。それを画家に見せた。画家は「兒玉遥……。その名前、覚えておくとしよう」それを言ったきり、黙って遥の絵を見入っていた。画家の名前は「斉藤のぶこし」といった。
*
「――色彩はね、赤と緑と青の三原色でできているのよ。これのことをRGBというの」
今日の日曜日は絵の描き方と言うよりは学科を遥は里美先生から習っていた。この光る原石をとにかく英才教育でもっともっと磨いていかなければ――。里美は常々そう思っていたものだから、学科の方にも力が入った。もちろん、途方もない美術史の勉強もした。遥は時々気が遠くなったが、しっかりとノートにメモし無理やりと頭に叩き込んでいた。
「里美先生、はるか、絵を描きたい……」
遥はとうとう頭が疲れだして集中力が途切れていた。
「うふふ♪ 疲れちゃったのね。いいわ、今日はこれくらいにしておきましょう。来週からは今日みたいに少しだけ絵の勉強をしてから絵を描きに行きましょうね♪」
「はい!」
「うふふ♪ ほら、もう元気になっちゃって。絵を描くことが本当に好きなのね」
「うん!」
こうして、遥と里美先生はいつもの岬へと絵を描きに行く。途中、剛が来た。”――はるか! せんせい!”遥と里美先生の二人が振り返る。剛は焼けた皮膚から白い歯を目立たすようにして”にこ”っと微笑み、”おれも紙と絵具もってきた!”と歯切れよく大声を発する。三人は並んで座り、黙々と岬の絵を描いた。
「遥ちゃん。そろそろお昼ご飯食べましょう」
途中、里美先生が言った。遥は承知した。剛は家からおにぎりをこさえていた。三人は囲って食事を楽しんだ。その最中。里美が言った。
「二学期に全国絵画コンクールがあるから遥ちゃん出してみようね♪」
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