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愛するということ 最終話特大号

   正樹は戸惑いながらも訊いてる事が分からないとでも言いたげに答えた。彼の頭の中は今、正に動転していた。 「だから、お前の気持ちはどうなんだよ」  苛立ちを見せた態度で智彦は言った。 「ああ、そうだな …… 」   正樹は正気へと戻り、冷静に言葉を探した。そして思った。   前にも同じ様なことを考えたが、友情が日増しに掛替えのない物となっている今、智彦の思いを裏切るわけにはいかない。ましてやこの世界の彼は、恵の事を正樹よりもずっと昔から想っていた。正樹はそれを思うと、智彦に対してとても哀れにも似た感情にさえなる。   やはり、身を引こう ―― 。   正樹は自分が恵と付き合うことで彼女をまたしても不幸になどしたくはない。自分に縁がないのならば、世界を変える大罪は、やはり全てを良からぬ方向へと未来を進ませるだけだろう。いや、その前に何もかもが消滅してしまう。   正樹は、たとえばもう一つとも言うべき第三の現実的世界があったとして、恵に再び出会い、関係を築いただろうと信じながらも、しかし、その三つある全ての世界の内一つだけは、少し離れた場所からそっと彼女を見守る愛し方もあるのだと、彼は心にそう言い聞かせた。   正樹は今、遠く上空に見える雲の流れに目を細めた。只、自然 に、 風に流され場所へと向かうその物体は、まるで人生における宿命を思わせた。   正樹は、一つ溜息を隠しながらもした後、智彦へ向いた。 「お前とならきっと良い方向に行くと思う。俺が言えることはそれだけだよ。大丈夫、全ては上手く行くさ」  発せられたその言葉は、少しばかり涙混じり に 揺らいだ。 「それじゃ、協力してくれるか ? 」  智彦は笑顔になって訊いた。 「ああ、勿論。それで、俺は何をすれば良いんだ ? 」  苦痛に満ち溢れながらもそれを押し殺し、やや無感情的に落ち着いた調子で正樹は 訊く 。   智彦が正樹に寄ってきた。彼はまるで誰にも聞かれてはならない様に小声で「実はな、あいつに気持ちを探って欲しいんだ。俺の事どう思っているのか訊いてみて欲しい。それでな、その答え次第で最終的に告白するかどうか決めようと思ってる」と、話した。 「そうか …… 」  言って正樹はもう一つの世界の自分を思い出した。   そう言えば、恵と関係を持つ前、智彦に相談しようとしていた事があった。それがこの話だ。世界はやはり

原付バイクと風景画 14

 原付バイクと風景画 14

風呂に入った。里美が遥の背中を洗ってあげると、遥ちゃんも同じだけごしごしと里美先生の背中を磨いた。湯船にも入。夏場にしては少し熱い四十二度。ふう、今日は疲れたわね……。里美はそう発すると、ひとつ吐息を吐くのだった。今夜はよく眠れた。遥と里美はお下品にもよだれを垂らして熟睡。

 次の日の朝になる。今日の朝食はイチゴジャムバターパン。遥が大好きな朝食のひとつである。おいしい! それを見て里美は微笑んで魅せた。そう、よかったわね いっぱい食べていいのよ。食パンはまだあるから。もっと焼く? うん! あと二枚だけ――! そんな会話が交わされた。実にほのぼのとした家庭。今日も遥ちゃんの機嫌が良くてよかったわ。里美はそう思ったし、そうでなければ今日の昼に遺言状を読ませるわけにはいかなかった。機嫌の良いうちに話しておかなくちゃね。彼女は昼過ぎからという計画を前倒しして、午前の内で遺言状を渡すことにした。十時にな

 里美は洗濯物を済ませて遥を呼んだ。さあ、遥ちゃん。読みましょう。と。遥は里美の膝を組んだ上に座らされた。これで一緒に遺言状に指をあてながら読むことが出来る。そしてなぞり声を出して里美は読んだ。

『遥への遺言状

 遥、元気にしていますか? 今頃は天国の中に居るお母さんです。これから大変だけれど、里美先生と協力し合って生きて行ってちょうだいね。あなたの将来を楽しみにしています。遥は画家になりたいと言っていたけれど、お母さんはね、デザイナーという職業もあなたには向いていると思うの。画家は大変よ。でもね、だけれど、あなたが歩みたい道に進むのが一番です。くれぐれも里美先生の言うことを聞きながら歩んでちょうだいね。それから、財産はこれっぽっちもないけれど、もしかしたらと思って、何かの役に立つかはわからないけれど、お母さんの実家に連絡しておきました。実家は遥の生まれた東京にあるのよ。遥の生まれ故郷は東京なの。住所を書き留めておくから、もし将来、東京に行くことがあったら遠慮なく頼ってみてね。お母さんはかんどうという形で家族から離れたけれど、遥のためにもお願いしたのよ。だから大丈夫。東京へ出たら、いつでも行きなさい。それと、お父さんの実家も書いておくわね。再会することはお勧めできないけれど、もし、遥がどうしても会いたいと言うのなら、高校を卒業するころには、北海道の刑務所を出ているはずよ。くれぐれもおきをつけなさい。さいごに、遥の籍は里美先生の物にしておきました。心配しないで。これもいろいろと将来、何らかの手続きで厄介になるものだからそうしたのよ。それに里美先生も理解してくれて本当に助かってます。遥、お母さんのことはお母さんのままでいい。でもね、里美先生も立派な遥のお母さんです。遥はさいしょ戸惑うかもしれないけれど、里美先生のことを新しい母親だと思って、お母さんって呼んでちょうだいね。それが里美おかあさんと遥のためだから。それでは。元気で暮らすのよ。愛してます。天国から。お母さんより』

 

 

 遥は高校進学から大都会、東京にいた。

 里美お母さんとはよく話をしたし、東京からもこちらからも連絡を取り合いながら進学について相談していた。宮古島には農林高校しかなくて、遥ちゃんの才能に見合わなかったものだから、画家の斉藤のぶこし先生も上京を強く勧めていた。ここが遥の生まれた街か……。彼女は自身の生まれた産婦人科医院も、住所を頼りに訪問していた。伊藤産婦人科医院というこの病院は練馬区にあって、ああ、ここがお母さんの住んでたところだったんだな。と、勘ぐったもの。練馬区は都会からかい離していて少し落ち着いた街並みだったものだから、都会慣れしていない遥にとって、東京の中ではいちばんなじみそうな気がした。しかしながら、お母さんの実家は世田谷区で、ここからはおおよそ離れていた。だけども、何か息抜きがしたいときなんかにこの練馬区には訪問したいものね。と思い、遥は東武東上線と山手線。それから東急線を頭にたたきつけた。

 お母さんの実家はとても裕福で、先祖代々の江戸屋敷なものだから、それは相当な大き敷地面積を誇っていた。遥は一夜にしてお嬢様へと変身したのである。それはまさしくシンデレラストーリーのようでもあった。しかしながら、それに嫉妬する家族もいて、特に長男息子の娘なんかが、よく遥を言葉の暴力でいじめたりなんかした。遥は当初、笑顔でかわしていたのだが、段々我慢できなくなり、一発、思い切りよくピンタを張ってやったことがあった。それからだ。恐れおののいて何も言わなくなったのは。このときから権力は遥が握ったようなもの。だけども、優しい遥はそんなことは望んでいなかったし、とにかく仲良く楽しく過ごしたかったために、後々仲直りした。長男娘は徐々に心を開き、今ではすっかり遥と親友にまでなっていた。恋愛相談。勉強相談。いろいろした。話は尽きなかった。遥ちゃんは画家になりたいんだ? それじゃあ、芸術大学に行くといいわよ。私がおばあちゃんに話しておくわ。お金の心配はしなくていいのよ。大丈夫。おばあちゃん、私の言うことなら何でも聞くから。そんな会話をしたりなんかもしていた。彼女の名前は斉藤香織と言って、年は遥とおない年。

 遥はもともと、お父さんからの兒玉姓だが、金城里美の養子となってから金城姓となっていた。今回、上京した時には養子というわけではなくて、居候みたいなものだったものだから、姓が斉藤に変わることはなかった。あくまでも里美の娘として。これがまた厄介極まりなかった。おばあちゃんはそれについて毛嫌いしており、東京からの電話の際から斉藤姓にすると発していた。しかし、里美は引かなかった。郵送された手切れ金としてのなん千万となる小切手が気に入らなかったのだ。里美は頭にきて叩きかえしていた。これは遥ちゃんに使ってください。と。だけども、財力のある娘になったほうが、遥ちゃんのためではあるとは思っていたし、はたして、咲子さんはどう思うかしら? などと、遥ちゃんの上京後、独り考えていた。おばあちゃんは容姿のいい遥を見て、ますます我が家の養子として面倒を見たくなった。この子には我が家のお嬢様がお似合いだわ。と。そしてふたたび手切れ金を里美に送りつける。里美先生は暫く考えた挙句に、とうとう養子権を斉藤家にしぶしぶ譲った。しかたがなかった。遥ちゃんの将来を考えてのことだ。里美は自身の力不足を痛感して、一人泣いた。大号泣。けれども、遥ちゃんの故郷は宮古島よ。そして北海道。そうよ、そうに決まってるわ。遥がそれを忘れなければ、私はそれだけで十分。そうよ。嗚呼――! 里美は悔しかった。悔しくて悔しくて仕方がなかった。兒玉咲子さん、最後まで面倒見てあげられなくて本当にすみません! 嗚呼――! 里美は泣いた。只、ひたすら泣いた。

 おばあちゃんの名前は斉藤礼子(れいこ)といった。昭和初期ごろの名前としては新鮮だったに違いない。あの時代では、一般人で言うところ、ツル、や、キク、などが凡庸的

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