原付バイクと風景画 21

 原付バイクと風景画 21

こし支援というやつだ。遥は大好きな筋カレーを注文して食べ終えると、その場を後にして遠出を続けた。向かった先はトマム駅。駅を降りて、有名なアクリルのアーケードになった陸橋を階段から上がる。すると中央の方で、トマム駅むこうにあるトンネルを目視できた。この時期は、線路周囲の樹木たちが、木枯らしからまだ新芽を生やしておらず、なんだか幻想的で絶好のタイミング。それをシャッターに何枚もおさめると、彼女はようやく札幌に戻った。

 遥は東京に拠点を置いた画家なだけに、東京近郊の絵はたくさん描いているのだが、なかでも、やはり奥多摩は特別的な思い入れがあった。原付バイクを今でも乗っているのだが、こんどこそ源流とまではいかなくとも、渓流まで足を運びたい。そう思っていたし、その夢は、上流からバスを使う事によって叶った。非常にレトロなバス。ああ、これ? いすゞのボンネットバスだよ。と、運転手は気さくに発していた。バスを降りてすぐに渓流そば処「奥多摩食堂」がある。そこで食べたイワナやヤマメのてんぷらはとても美味で、遥はよくおなかを空かせて立ち寄った。

 ときどき渓流釣り人と会話を楽しんだことがある。釣れますか? と。

「めずらしいね。女の子ひとりでふらり旅かい?」

 そんなことを言われるのは日常茶飯事であったものだから、遥はかるく「写真を撮ってるんです」と、返したりしていた。奥多摩から帰る。

 世田谷区へもどった後は家にまっすぐ帰らずに原付バイクでそのまま銭湯へ寄るのがこのところの趣味みたいになっていた。遥は着替えを持ち合わせていないが、タオルと宿泊三点セットだけはバックパックに詰めていたために、何も不自由することはなかった。あの大きな湯船に全裸でゆったりまったりつかるのが、とにかく開放的で、それでいて疲れの癒しであり、最高によかった。

 ――こんどまた、石川県の金沢へ温泉でも浸かりに行こうかしら?

 そんなことをふと考えたりする。兼六園に金沢城。とてもすてきな街 そうね、また今度行きましょう。うふふ と、旅館の女将が話した冗談話なんかまでも思い出した。部屋の掘りごたつもよかったわね。そうそう、あの時、初めて日本酒を飲んだんだっけ。ちょっとですごい酔っぱらっちゃって、大変だったな……。熱燗というやつね。あれは酔いやすいだとか言ってたっけ。懐石料理もおいしかった……。はっとして、いけないいけない。のぼせちゃった。と風呂を出てから売り場のコーヒー牛乳を飲み、銭湯を後にした。

 広島県の父方へ旅に向かったのは、手紙を受け取ってからだいぶ後のはなしになっていた。遥は東京から京都へ寄ったのち、すこしだけよ、すこしだけ。という気持ちで広島県尾道へ電車で流れた。やはり尾道はよかった。旅で行くだけのはなしならば絶好だったのだ。しかしながら、そうではない。彼女は肩が非常に重たい感覚で、父親の住む長男方の小さな鉄工所兼実家へと足を運んだ。

 玄関の軒先には、少々、小ぶりな向日葵があって、八分咲位に花を開いていた。どちらかというと、花の匂いというよりも、プランターの香りが漂っているかのよう。それに足して鉄鋼を切り刻んだような人工的ともいえる空気が漂っている。玄関の隣には鉄工所のシャッター口もあった。それら光景は今日初めて観た物ではない。既に知っていたし真新しさは感じなかった。だけども、遥は、今日という日に特別な意味を込めていたためか、緊張からくるこの場所というのは、なにやら石鹸で流した体臭のように、こびりつく感じの気配を受けた。神妙。

「ごめんください」

 インターホンを鳴らしてから、そう告げる。受ける女性の声が届いた。「どちらさん?」と。すかさず遥は「斉藤というものですが」とだけ発した。玄関が開く。先ほどの声がした女性が顔をのぞかせた。

「こんにちは。あの、斉藤遥と言います。兒玉三郎さんは、こちらにお住まいですか?」

「はて、どなたでしょう?」

「いえ、ちがうのです! わたしは役所関係の人間ではなくて、娘の方なのです」

 女はおもわず目を見開いた。開いた口に手を当てる。とても驚いた様子。彼女は言った。

「さ、三郎さんの娘さん!」

「はい……

「ちょっとお待ちなさいな! あなた、遥ちゃん?」

「はい、そうです」

 大変なことになったとばかりに、中年の女性は奥の方へと消えて行った。鉄工所の裏口へ走ったみたい。「三郎さん! 三郎さん! たいへん、たいへん! はるか、遥ちゃんがきてるわよっ――!」と、大声が聞こえ

 感動の再会。父、三郎は当初、まるで信じられないと言わんばかりに、何度も何度も「遥なのか? 本当に遥なのか?」と訊く。彼女は「そうですよ、おとうさん。わたしは遥。はるかよ」と泣きながら答える始末だったものだから、感動の渦から中々会話が進まなかった。やがては落ち着いた頃、三郎は言った。お母さんにそっくりなったな。いいえ、わたしはお父さん似です。遥は返すと、父親は、そんなことはない。ほら、目や輪郭がそっくりだ。と発する。そういえば、お母さんは? 一緒じゃないのか? 三郎は尋ねる。それなのだけど……。なんといえばよいのだろう。お母さんね、わたしが小学生の時に亡くなっちゃったの。病気で倒れて、そのまま死んじゃった……。何も言えなかった。それ位、あっという間にいなくなっちゃったの。でもね、いろんな人に助けられて、今、お母さんの実家で世話になっているの。斉藤家、知っているのでしょう? 手紙が届いたもの。そうでしょう? おとうさん。ああ。本当にすまなかった。お父さんがしっかりとしていなかったばっかりに……。ほんとうに、わるかった。三郎は号泣して崩れた。遥は膝を落とした父親に寄り添う形で慰めた。だいじょうぶ、だいじょうぶ。と。ほんとうに空いた時間の溝は埋められることなく、こうして悲報ばかりが響いて届いた。だけれど、それでも、遥は三郎を許そうと思った。彼もまた可哀そうな運命。そう思う事にした。そうでなければ、お母さんとわたしは、いつまでたっても浮かばれないもの。そう考えていた。

 再会を果たした後、三郎は仕事から上げてもらって、すぐ外着に着替えてきた。遥が待った時間は本当に短かったものだから、なんだか長男さんにあいさつも済ませていないのに大丈夫かしら? などと考えたりもした。それについて、父親は「挨拶はあとで、で大丈夫だよ。行こう」と、彼女をせかして街中へと共に消えて行った。着いた先はコメダ珈琲店という全国チェーン展開しているコーヒー喫茶。中に入る。

 とにかくいろんな話をしたし、三郎はそれこそ訊きっぱなしだったものだから、遥は疲れた。そうでもなかった。ほんとうに色々話しておくべきだと何一つ隠すことはなかった。あるとすれば、きわめてデリケートな話題のみだ。たとえば性体験のことなど。こればか

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