オーミチャー 3

 オーミチャー 3

「あ、ああ……。大丈夫よ。ごめんなさい、ひとりごとなの」

「それならいいけれど」

「ねえ? わたしって醜いよね?」

「そんなことないわよ! あまりかんがえないで」

「わかってる。わかってるけれど、幽霊はもっとひどい顔だったの」

「どんな? そうだ、絵にかいてみて!」

 やよいは絵を描いて説明した。ええっとぉ、めはとびだしててぇ、それからくちはさけててぇ、それからしたがながいの。はなはつぶされたようにしてへこんでいたわ。ええ! 酷すぎる顔じゃない! 兵隊さんかな? この施設戦争と関係しているのでしょう? やだっ! 怖い!

「そういえば、爆弾で死んだ兵隊みたいだった……。どう?」

「どうって、みたんでしょ? なに、そのひとまかせなの。あはは!」

「うふふ

「もう! やよいって面白いんだから。そこら辺もみんな見てほしいよねぇ!」

「そうね、でもかまわないわ」

「つよーい!」

 えへへ。うふふ。やがて二人は再び寝る。そして朝になった。考えているよりも、幽霊は再び現れることを昨夜しなかったものだから、やよいは安心して熟睡できた。そうよ、物は考えようだわ。何とも思わなければ見えることもないはずよ。そうよ、そうに決まっている。しかし、次の夜。

 幽霊は出た。しかも寝ているときではない。立派に起きて居る時の話だ。共同部屋には大きな窓があって、そこは格子でしっかりと侵入者を阻止していた。しかしだ。それはいた。まぎれもなく、だ。やよいは二段ベッドで読書を楽しんでいた。ルームメイトは共同居間へテレビを観に行っており、部屋にはいなかった。なんとなしに用を足したくなった彼女は共同トイレへと出た。そして戻ってくる。寝室ドアを開いて入ったそのときだ。立ったままの状態で金縛りにあった。

 いま、やよいは窓の方を向いている。もちろん動けない。三秒ほど時間にすきまが開いた後。見知らぬ一人の美少女が格子むこうに突然と浮かび上がった。だれ?心の中で叫ぶ。声は出なかった。わたし? わたしの名前は守屋茜。

 え――? やよいは声が届いたことに対して驚いた。心の交信は続く。

「わたしは茜。あなたは、やよい。でもね……

「で、でも……?」

「あなたはこれから守屋茜になるの。わたしになるのよ……

「ど、どうして……?」

「だって、そうでしょう? わたしはあなたを食べるのだから……

「た、たべる……?」

「そう、あなたの心を食べるの。すてきでしょう……?」

 どうして? たべるですって? このわたしを食べて何が美味しいっていうの? 色々な感情が交錯する。訳が分からなかった。なにをこの女は言っているのだ。そう失笑したいほど。

 かわいそうに、わたしなんかの心を食べつくしても、あなたも皮肉れた心の主になって、そしてね、あばた顔になるのよ。そんな楽しくないことをわざわざするですって? 馬鹿にするのもいい加減にして! どうしてわたしは幽霊にまで馬鹿にされなきゃいけないの? こんなことってあるかしら? 

 あ、あ、あ……。と、あごが外れた状態でよだれを垂らしながらやよいはつぶやいた。もちろん、あ、あ、あ、以外に声は出ていない。もはや万事は休していた。

「あなたには地獄の快楽をおしえてあげてよ。嗚呼……!」

 突然喘ぐ少女。なんなのかさっぱりのやよい。これが地獄の三丁目なら、この先にある五丁目はなんなのだろう? そんなことは考えもよらない。只、思う事は恐ろしい化け物がいるということだけ。やよいはこれから起こる世界を観るのが怖かった。このわたしの目で、この耳で、この鼻で、現実をかみしめる。それはまるで幻が存在しなかったかのように酷く透明だ。透明が酷いなんてあるのかしら? しかしそれはあった。信じられない。信じるしかなかった。わたしを、未来を。過去にとらわれて生きるのはこれが最後かもしれない。それはちがう。なにが本当で嘘なのか、わたしには見抜けないの! 嗚呼、頭がおかしくなりそうだわ……。おかしくなっているじゃない。

 霊体はするすると体をすり寄らせてきた。ふたりの体がぴたりと重なり合う。そのとき。ストロボのような光が心臓の真ん中からはじかれた。とてもまぶしい、失神しそうなほどに明るすぎるフラッシュだ。しまいにやよいは意識を失った。もうだめ。死んじゃうんだ、わたし……。わたし……。わたし……。思わず目を見開く。完了したわ。もう一つの心がやよいに言った。まだ完全浸食されていないらしい。だが分かった。これから徐々に染まっていくと言う事を。守屋茜になるのだわ。わたし……。そうつぶやいて。

 

 守屋茜の人生なんか知ったことではなかった。

 わたしはこうして登校している。特殊学級へ。でもちがう。この前とは違うの。今日からわたしは一般学部。普通学級というやつよ。なんてドキドキするのかしら。

 やよいは一人ほくそえんだ。どうしてかしら? まるで昨日までとは違う光景に何やらたくましさを自身で感じ取った。どういう事なのか全てははっきりとしている。あの事件。そう、あの心霊現象の夜からやよいは変わったのだ。

 今現在、彼女の心は二つあってひとつではない。それはつまり、どうなる? そんなことは考えもしなかった。とにかくいえることは、守屋茜という女は負けん気の美女だと言う事。それは理解できた。でもどうして美女なんかがわたしに? 矛盾点はそこだ。答えが探せない。解決策はなかった。

 ふん、どうせわたしが成仏させろとでも言うのでしょう? 神様。それはご都合主義というやつだわ。迷惑よ。どうせなら、わたしだったら利用してよくてよ。あなたを、守屋茜という女を。

 内心のほくそ笑んだのはそれ。

 理由はそれ。なに? いけないとでも言うの? あなたはわたしのことを利用しているくせに、わたしだけ駄目だなんてルール違反もいいところだわ。さあ、どうしましょうか。とりあえず、あなたの心境でも聞いてよくってよ。さあ、話しなさい。わたしの奥に隠れてじっとしている地縛霊さん。そうよ、あなたは天使でも何でもないわ。只の地縛霊なの。よく思うなんて考えてた? ふざけないでちょうだい。

 わたしは守屋茜。わたしがあなたを選んだのは、そう、あなたが可哀そうで仕方がないから。それをもっと悲惨にしてあげるの。どう、すてきでしょう? それでね、きいて。オーミチャーさん。いえ、あなたにさん付など必要ないものね。おい、やよい。きさまはオーミチャー。それはもう変えられない。できることなら救いたかった。でもね、それはあなたを余計に苦しめるだけ。きいて、オーミチャー。あなたは死ぬのよ。酷い恰好で。醜い顔から泡と鮮血を吹きだして。そう、それでいいではないのかしら? あなたはわたしではないと言ったわね? けれど、あなたは紛れもなく茜なのよ。茜はわたし。そしてオーミチャー。あなたよ。それが変えられるとでも言うのかしら? 

 いいえ、お黙りなさい。

 黙るのはあなたの方なのよ。早いところ挫けなさいな。そして死ぬのよ。死んで死んで死んでやってちょうだい。それがあなたのためですものね。それが世のためなのですもの。嗚呼、すばらしいわ。大変素敵な狂想曲よ。あなたはペテン師? それとも正義のヒロイン? いいえ、まったく異なる生き物。化け物なのよ、あなたは。あばた顔で何を勘違いしているのかしら。みっともないったらありゃしないわ。オーミチャー。あなたね、いいかげんにしてちょうだい。もうあなたは助からないの。救いの手を伸ばす? そんなつもりであなたに呪い移ったわけでもないし迷惑千万よ。わたしは守屋茜。美しい女が醜いアヒルの子をどう料理してよくって? 答えはね、簡単なのよ。そう、あなたは死ねばよいだけなのだから。でもね、それだけでは面白くもなんともないものね。そう、もっともっと劇的に死んでやりなさい。花を咲かすの。酷い花を。ちょっとまって。あなたの場合、花でも何でもないわね。糞よ。くそったれの馬糞うに。とげをはやしたサボテンうんこ。そう、それがあなたの新しい名前。いいでしょう? とっても素敵ではないのかしら? オーミチャー。あなただけは幸せにはなれないのよ。あきらめてね。

 通学路はどぶ川を沿うようにしてある道を歩いてゆく。学校の校門は裏口から。正門よりも一回り小さかった。夜は侵入者を避けるようにしてパイプの門は閉ざされる。それに連なっている金網のてっぺんには、らせん状の鉄条網が施されていた。校舎は三階建てで白いペンキ色である。この校舎ができる前はプレハブの学校。それ以前は木校舎だ。やよいが保育園の頃、木校舎を眺めたことがあった。とても古い代物で、お化け屋敷みたいな感じ。そこには逆立ち幽霊やら塗り壁という化け物やら居ると言う噂があった。とてもとても恐ろしい校舎だ。今となってはその名残もなく、立派な建物になったものだ。大人はそう話していた。オーミチャーは三年三組。

「おい、化け物。お化けの登校時間は夜だぞ――!」

 そんな罵声も慣れっこになっていた。

「うるさいわね! ちんちんちょん切ってやるわよ――!」

 やよいは負けなかった。屈しなかった。つよくなったな。自分でもそう思う。これはきっと守屋茜が何か関係しているのかもしれないわね。だけども、そうではないでしょう? わたしは二面相。彼女の時はわたしの思考は止まっているのだもの。いえ、ちがう。意識はあるわ。彼女が何を話しているのかが分かるのですものね。とうぜんよ。

 下校時、やよいは海を観に一人で寄った。学校の隣は広い砂浜だ。傍には自治体のおおきな運動場もある。社会人野球部が今日も練習を盛んにしているのが見えた。あの人たち

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