オーミチャー 12

 オーミチャー 12

 もしもし? あたいだけど、訊きたいことがあるんだ。うんうん、うん。それで、オーミチャーの残金いくらだい? え? 知らないって? お上方に聞いてみるって今すぐ確認できるのかよ? うんうん、うん。

 やよいへ顔を合わせる。待ってな、今調べてもらってる。

 はあ、ありがとう……ございます。

 なんだよ? うれしくないのかよ? 

 い、いえ。

 まってろ。ああ、あたいだけど……

「あんたの残金分かったよ」

「いくらですか?」

「のこり一本だってさ」

「一千万――?」

「ばかいうな! 一億だよ! 一億!」

 一億――? 気絶しそうだった。一体、売られた金額はいくらだろう? 訳が分からなくなる。同時に悔しさがこみ上げてきた。わたしは物でも奴隷でもないの! 今すぐにここから出して! 初めてこみ上げる感情だ。

「あと十年は抜けられねえな。一生働くか? はっはっはっ!」

 やよいは思わずビンタを張った。

 いてえな! 何すんだよ! 殴り返される。一方的だった。顔中あざだらけであちこち腫れ上がった。もともとあばた顔だ。業務に支障はない。こういう顔もマゾヒステックで客に受ける。特に常連へはたまらない。次の日のことだ。

「リーダー、昨日はすみませんでした」

「みんな一度はあたいにケンカ売ってくんだよ。気にしてられんぞ」

「はあ……?」

「あんたも一生懸命だってことさ」

「はい……

 性格が悪そうで心の広い人だなと思った。そうでなければこんなところでリーダーも勤まらないだろう。タフで柔軟性がなければ。どうしてここにいるのですか? 聞きたいほどだ。もちろん訊けない。人には他人が触れていけない記録がある。それをつつくわけにはいかなかった。少なくとも、それがここのおきてみたいなも。ある日のことだ。弟から電話がかかってきた。

「おねえちゃん? おれ、琢己」

「もしもし? なに?」

 弟は電話では話せないから会ってほしいとのこと。もちろん承知した。

 やよいはうれしかった。やっとわたしへ頼ってくるようになったわね。と。しかし、話を聞いてみてそれは違ったと後悔する。

 シャブを高値で売りつけたい。客がほしいんだ。協力してくれないか? 

 頭が動転しそうな話だ。

 要はこれだ。やよいの客にシャブを売りつけてほしいとのこと。そんなことは簡単ではある。できることはできた。しかしそうでもない。話の続きによると琢己はこれから個人で売人をするということで張り切っている。足を洗うわけではなかった。ただ単に万が一の際、尻尾を切り落としやすいように放し飼いされた。というだけの話だ。琢己は勘違いしている。大きな過ち。

 やよいは迷った。そして絶対に救い出さなければならないと強く思った。

 琢己、あなたはしていないでしょうね? 

 おれ? してねえよ。

 ほんとう? 

 ほんとうだって! 売人はやっちゃいけねえしきたりなんだよ。組に入ったときからそうだぜ。寮でシャブやってんのは、皆、表でりゃかたぎの仕事している連中よ。型枠解体から土木まで色々さ。

 そう……

 それよりねえちゃん。ひきうけてくれるよな? 

 考えさせて。

 考えさせてって、いつまでに答え出る? 頼むよ、急ぎなんだ。

 ええ、わかってる。明日また電話ちょうだい。それまでには決めておくわ。

 わかった。

 オーミチャーは考えた。どうすれば弟を救い出せるのか? 答えはひとつしかない。彼をお金持ちにしてやること。そうすれば代わりの人間を雇える。

 尻尾きりがさらに下の尻尾を切る支度をするの。名案だわ。

 茜が出てくる。

 あなたにしては考えたものね。無い知恵働かせたものだわ。だって、トンミーは二度とかたぎには戻れないんだものね。幸せにする方法は限られてる。せめて刑務所行きを免れるすべを持つべきよね。

 ええ。

 協力してあげるんだ? 

 ええ。

 あなた、なんだってするのね。

 ええ、弟のためだもの。

 仕方のない女。あなたまで捕まるのよ。それでもいいっていうの? 

 ええ、仕方ないじゃない。

 それもそうね。ねえ、オーミチャー。

 なに? 

 あなた、お人よしさんね。

 そうでもないわ。

 逃げ出せばよいのに。

 逃げ出す? 何処にも行くところなんてないのに? 

 あるじゃない。大都会が。東京が。

 東京? この東京なんて狭いわ。海外へ逃げなければどうにもならないことなのよ。わたしはかたぎではないの。裏社会は広そうで狭すぎる。すぐに見つかっちゃうわ。

 それもそうね。

 楊枝スプーン一杯は一回分の量。市場相場は三千円。これをやよいは二万円で客にさばいた。

 ねえ、おねがい。貴方のおちんちんから潮を吹かしてみたいの。

 そう誘惑して売った。彼女は薬を使わなくとも潮を吹いたので使用しない。そして言う。

 わたしが潮を吹いたのだからあなたも。いいでしょう? 

 そう発せられると客はたまらない。即決で二万円を支払ってくれた。

 やよいが客を相手にするのは一日せいぜい八人だ。薬で計十六万の売り上げがある。二十日出勤で三百二十万円。それをぜんぶ弟へ渡した。

 一年ほどして彼へ言う。そろそろ従業員でも雇いなさいよ、と。要するに運び屋だ。弟は言うことを聞いてくれた。人を雇う。これで切る用意のある尻尾が出来た。万が一にも黒幕である弟の逮捕は免れるだろう。一安心だった。そうでもなかった。

 むしろ毎日毎日が不安でならない。弟が直に渡してくれた方が安心感というものはあった。たまらず弟を呼び付ける。もう人を雇わないで、と。ごめんね。お姉ちゃんが言ったことなのに。でもね、それはあなたのためを思って発言したことなのよ。けど今度はわたしが耐えられなくなっちゃった。貴方が直に渡してくれた方が安心できるの。我慢できないお姉ちゃんを許してね。

 おねえちゃん、なに言ってんだい。捕まるわけないだろ? この世界は口が堅いんだぜ。運び屋が捕まっちまおうが俺には関係ないわけよ。けどまあ、お姉ちゃんがそう言うなら、お姉ちゃんにだけは俺が直に運んでやるよ。安心しな。下手はこかねえから。お姉ちゃんもたのむぜ。口かたくしてくれよ。それと、客を選んでくれてもいいぜ。あまり無理しないでくれよな。

 ええ、わかってる。

 琢己もまるっきり変わってしまったな……。むかしはあんなにいい子だったのにね。もったいないわ。なんて東京は酷い土地なんでしょう。弟がどんどん腐っていくのを見ているのは辛い。けれども仕方のないことね。わたしだってほら、まるっきり別人じゃない。

 覚せい剤は徐々に倍々ゲームとなっていった。シャブをパイプから吸う客などもはやいない。皆、味を占めて注射針で体内へダイレクトに白い粉を注ぎ込んだ。しゃぶしゃぶの始まりだ。

 こうなったら止められない。次に来る客、次に来る客共々一回分では済まなかった。二回分を一回で済ませる人もいれば、三回分を注射するものも出てきた。そこが倍々ゲームなのである。

 いつの間にか売り上げもとんとん拍子だ。気が付けばオーミチャーの売り上げだけで月収一千万はくだらないものとなっていた。琢己は他にも同じ手で売りさばいている。彼の月商は相当なものになっていた。

 いつしかトンミーは群馬に家を建ててそこを拠点とした。おねえちゃん、群馬県はいいぞ。一緒に来ないか? 誘われたことがある。いいえ、けっこうよ。自身の借金のことを隠して断るやよいは、段々、自身が馬鹿らしくなってきていたけれども耐えた。

 お姉ちゃん、取っておきなよ。

 トンミーが五千万円をやよいの口座へ振り込んだことがある。

 ばかね、そんな堂々と大金を回してたら足がつくわよ。きをつけて。ほんとうなら手取

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