オーミチャー 13

 オーミチャー 13

りでいただきたかったけれど、仕方ないわ。返すって言っても受け取らないのでしょう? 

 ああ、そうさ。それじゃ俺の気が済まねえってもんよ。ところでお姉ちゃん。身代金はあと幾らだい? 一千万円? 一億? どっちだよ? もういいだろうよ。話してくれよ。全部俺が払って自由にしてやるよ。お姉ちゃん、もうソープで働かなくて済むんだぜ。いいだろう? 

 分かったような口をきくわね。わたしは常連もついているし、借金返しても手放さないでしょうね。難しいわよ。あなたが考える以上にこの世界は厄介なの。わたしのことはいいから、早く足を洗いなさい。

 そんなこと言ったってよ、こっちはこれが源泉なんだ。簡単にはやめられねえよ。それに俺だってかたぎじゃねえんだ。お姉ちゃんと一緒で客がいる。大本は手放さねえさ。そうだろ? 

 そうね……

 わたしたち兄弟はもう抜けられないのね。なんだか悲しくなっちゃうじゃない? でも、何事も生きてこそよ。そうよ、もっと前向きにならなきゃ。

 茜が出てくる。

 あぁら? 生きていても、ろくなことにならなくてよ。あなたの運命はもっと苦しみもがく領域にこそあるべきなのだから。それこそがあなたの存在なのよ。お忘れかしら? 

 なにをお忘れかしら?よ。ふざけないで。

 ふざけてなんかいなくってよ。あなたはこれからさらに酷いことになる。惨くて醜くて腐って死ぬのよ。まるで落ちたリンゴのようにね。あら? りんごじゃ美しすぎるかしら? あなたはポットン便所のうんこなのよ。うんこ。うんこは何物にもなれずに只の肥料として世に貢献するのよ。そう、あなたの最終目的はそれでいいじゃない。

 肥料ですって? それならまだまともな死に方じゃない。せいせいするわ。

 あら? お忘れかしら? ひどい悪臭を放っているあなたは皆から嫌がられて亡くなるのよ? それでもせいせいして? 

 そうよ。初めからわかっていることだから今更、驚きもしないし何てことないもの。わたしはね、琢己が無事であればそれでいいの。わたしなんかどうでもいいのよ。でなけりゃこんな仕事、手伝うわけないでしょう? 

 琢己は一攫千金長者になった。いまでは殿様だ。無論、只の操り人形ではあるわけだが、それでも彼自身、嬉しい様子。最高な気分でしょうね。それもそうよ。結局、お金の世界なんですもの。なんて酷い人生なのかしら?

 

 

 オーミチャーがオーミチャーでなくなる日が訪れるとは誰も予想だにしなかっただろう。やよいは相変わらずソープランドで働いている。借金のこともあるけれど、なによりも居場所に思えて居心地が良かったものだから苦にはならなかった。そんなある日のことである。

「お姉ちゃん、整形しなよ――

 え――? そんなことを発する弟が真っ白に見えた。二人は群馬の川べりにて情景を楽しみながら会話をしていた。今日は非番。トンミーの社員がやよいを東京群馬高級車で送迎していた。

「金の心配はいらねえよ。全部、俺が手配してやるさ」

 で、でも……。おもった。そんな反則行為は好きでない。たとえ整形によりモテたところで偽りの顔はいつかぼろが出るのではないかしら? 

 おねえちゃん、それは違うよ。整形について誤解があるようだぜ。いいかい? 綺麗になればそれだけたくさんの幸せが訪れるんだ。今まで体験したことのなかった全部が手に入る。失うことなんかないよ。大丈夫さ。

 そ、そう? 

 そうだって!

「一週間考えさせて。来週また会えるかしら?」

 トンミーは合点してくれた。

 ふう、わたしもとうとう人生の分岐点とやらが訪れたのかしら? しみじみ考える。

 茜が出てきた。

 そうね、そうかも知れないわね。でもね、オーミチャー。美人の世界はとっても過酷なのよ? あなたはこれで幸せになれると考えているかもしれないけれど、それはとんだ誤算よ。いいかしら? 良く覚えておきなさいな。

 整形手術当日。やよいは朝から手術台に居た。これまでに何度か主治医と対面している。色々打ち合わせをしていた。

 モニターで術後の顔面イメージを見せてもらった。中村アンにそっくりな自分の顔におもわず驚愕した。

 ほんとうにこの顔になれるのですか? 

 はい、なれます。あなたはもともと骨格がいい。皮膚の表面だけを施術するだけでも相当な変わり様となりますよ。安心してください。施術は成功します。

 麻酔はモルヒネ。完全なる脳神経マヒ状態。その中で夢を見る事は困難だ。只、真っ黒な時間が過ぎてゆく。経過していくことすら分からない。起きてみると病室のベッド。頭部へグルグル巻きに包帯が巻かれていた。嗚呼、おわったのね……

 トンミーの姿はなかった。誰一人としていない。動脈を図る機器だけがピコンピコンと波を打っているのが見えた。

 看護婦が気付く。おはようございます。目を覚ましたのですね。

 嗚呼……。こ、ここは一体? 

 病院の一般病室ですよ。さきほど集中室から移動したばかりなんです。脳を覚醒してから移したんです。意識が回復してそろそろと言う段階でこちらへ来たんですよ。

 嗚呼……。しゅ、手術は成功したのですか? 

 もちろん成功です。

 よかった……

 やよいは思わず涙があふれてきた。いけない、我慢しなきゃ……

 た、琢己は? 弟はいないのですか? 

 付添いの方なら仕事が忙しいからと席を立たれました。

 そう……

 ひとこと発しておきたかった。ありがとう、と。

 彼も社長だものね。堅気ではないけれど、それでも主なのよ。仕方のないことだわ。

 麻酔が完全切れた時、やよいは病室の窓から外界を眺めた。

 雑踏のようにして無機質に並ぶビルディング群。こんな光景は田舎では見られない。だからといって素敵とは言い難かった。むしろ吐き気を催すほどだ。黒いタイヤから悶々と溢れ来るシティーダスト。そのほこりは太陽の日差しさえもダイレクトに地へ伝えなかった。熱波はむなしいほど強烈で、観ているだけでゆらゆらと排気楼を伺わす。こんなスクラップの墓場みたいな、むしろ産業廃棄物処理施設のような立ち込める悪臭は、この土地の人間を窮屈に弱らせる。嗚呼、オアシスよ。誰もが叫んでいることだろう。しかし届かなかった。

 わたし、真剣になってみて借金を返していこうかしら? ふと考える。けれど、何処へ行く当てもないものだからやっぱりここが居場所なんだわ。とあきらめが思考の先に待ち構えている。それはいつものことよね。だってわたしは最終処分場の女なんだもの。

 退院の日が訪れた。やよいはあえて鏡を見ていない。新しく変貌した自分を眺めるのが怖かったからだ。それについて誰もがみんなそうですよ。珍しくはないです。院長は言っていた。退院後も、しばらく化のう止めの薬を飲まなければなりません。万が一、痛みが出たらすぐに来てください。保障は五年間です。はい、わかりました。ありがとうございます。

 昨日があって今日がある。それと同じで明日もあるのさ。いつしかトンミーが言っていた言葉を思い出す。こうして考えてみると、少年のような弟は素敵にさえ思えた。けれども黒に染まっちゃったのよね。ため息をこぼす始末。ふう、やらなければならないことは山のように高い。果たして登り切れるか? 下山する力は残されているか? 分からない。知るわけがなかった。そんなことを考えた時、ふと思い出す言葉だ。昨日があって今日がある。それと同じで明日もあるのさ。

 やよいは美容整形外科から電車で帰宅した。そんな中で、交わす人々がぎょっとした表情を浮かべてまじまじと見つめてきた。

 え? なに? 手術は成功したのではないの? どうして? どうして前にも増してそんな恐ろしそうにわたしを眺めるの? もしかして失敗? うそよ! 成功するって言ってたじゃない! え? それは嘘だったの? みんなしてわたしをだましたってこと? だから弟は逃げるようにして病院から去ったのかしら? え? え? え――? 

 思考が交錯する。なんだかたまらない気持になった。その場から駆け出すようにしてオーミチャーは逃げる。

 はあはあはあ……。どこ? 何処へ逃げればよいの? そうよ! 駅構内のトイレへ行きましょう! 鏡、鏡、鏡を見なくちゃ――! 

 駅内の公衆トイレへ着いた。鏡を伺う。自身の顔面を確認する。酷いありさま。前よりも醜い顔をしていた。整形手術は大失敗に終わった。そうではなかった。

 なんということだろう。手術は大成功を収めているではないか。まさに芸能人のモデルのような顔つき。美貌中の美貌だ。

 ああ! それじゃあ、さっきまでの視線はそうではなくて魅かれたと言う事なのね? なんてことなの! こんな幸せなことがあってよいのかしら? かみさま! マリヤ様! 

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