オーミチャー 14

 オーミチャー 14

ありがとう。ありがとうございます! そして琢己。本当にありがとう。本当にありがとう……

 やよいは感極まって号泣した。

 寮へ帰ったときには夕方。そろそろ出勤の時間帯である。皆、個室で支度しているのだろう。ロビーにだれもいやしなかった。逆に、それが良かったと安堵した。

 出勤の時間が来た。ランドの部屋へ待機する前に一旦集合するため、どうしても顔を合わせる。

 オーミチャー! どうしたの? その顔! 

 皆おどろいていた。腰を抜かすものもいたほどに、わあっと、その場が盛り上がった。

 じつは……、整形したんです。

 ええ! したの? 

 はい。

 きれい! 

 皆して一斉に拍手喝采となる。

 ありがとうございます。

 オーミチャー! おめでとう! よかったわね! 

 はい! 

 まるで第二の人生が始まったような気持。それに襲い掛かる現実とは、紛れもなくこれからの勤務だ。

 わたしはソープランドの女。それだけは変えられないもの。

 結局のところ、整形は何のためだったのだろうか? やよい自身もわからなくなる。けれど、大通りをマスクなしで歩けること。繁華街を堂々と練り歩けること。こうした喜びは果てしなく大きかった。

 みなさん、これからはわたしのことをやよいって呼んでくれますか?

 曲線を描く肉体美にきれいなフェイス。正にやよいの客は大喜びである。毎日来る客も増えたし、一日二回サービスする客も出たほど。

 彼女とて生身の人間だ。徐々に膣が持たなくなってくる。ヒリヒリとして痛むのだ。終いには性病になりやしないか心配。なってしまった。

 店の人に闇医者を紹介してもらうと、先生は若い男だと知った。大学院生だと言う。要するに実験台だ。アルバイトでしているのだろうか? 最初はそう思ったのだが、そうでもなくて、本当にただ場慣れしたいと言う気持ちから。だと言う事を知り、感心したものであった。闇医者にはチームがあって、手術などの大掛かりなものは医師免許はく奪された元医者などが担当しているらしかった。手術室用のマンションまで用意していると言うから本格的であった。

 やよいの性病の場合、注射のみで片付いたからよかったと思った。しかしながら暫く休みが欲しかった。膣がまだ癒えてないのだ。番頭は、こればかりは仕方ないと休みを与えてくれた。長期休暇の始まりである。

 休みの間、何しようかしら? 当初はそんなワクワク感もあったのだけれど、慣れてくると早く仕事に戻りたくなる始末でどうにもこうにも二進も三進もいかなかった。それにシャブ中の常連客のこともある。やっぱり明日には出勤しましょう。そう心に言い聞かせた。運び屋は相変わらずトンミーだ。今回の休みでは会うことが無かった。

 珍しいものよね。こんなにも弟のことを心配しているのに、時々会いたくなくなっちゃうのだもの。人間て不思議だわ。慣れはこわいものね。いつかそうして絶縁へと向かうのではないかしら? いえ、それはないわね。だって、わたしと弟は兄弟以上につながっているんですもの。捕まるときは一緒よ。

 その夜のこと。

「おい、やよいちゃん。おめえ店経営してみないか?」

 黒服の男がそう言った。その人のことは知らない。全く面識がなかった。ソープの客ではない。事務方の連中だ。いわゆる若頭などと言えば話が早いだろうか? 幹部連中の一人だ。オーミチャーの部屋へ訪問しにきていた。容姿を確認するためだろうということは分かりきっている。この女はできる。そう思ったに違いなかった。

「店とは……?」

「いや、答えは後でいいんだけどよ。メンズクラブって知ってんだろ? お前ら連中なら好きな場所だぜ? どうだ? ホストなら大好きだろ?」

「はい、しってますけど……。あの、もしかしてメンズクラブを任せるということですか? わたし、無理だと思います。学もないのに無茶です」

「いいや、ホスト連中は目を越えてるからよ。あんたなら容姿がきれいだしだれも逆らわねえと思うんだ。どうだ? いっちょ、女王蜂になってみねえか? 気分は晴れ晴れだぜ?」

 ホストクラブの女将……。嗚呼、ナイスガイな男たちに囲まれて毎日を過ごすだなんて、そんな極楽を素直に楽しむことができるかしら? そして思う。茜の気持ちはどうなの? と。

 あら? わたしの気持ちが知りたいですって? かんかんになって怒っているに決まってる。それもわからないの? 

 ああ、やっぱり焼きもちを焼いているのね? そんなに整形したわたしのことが嫌いなの? 

 もともとから嫌いなのよ。なにをいまさら! 

 でもね、きいて。茜、あなたはわたしを助けてくれた。だからいつかはあなたへ恩返ししなくちゃならないの。それも含めてわたしは将来幸せになるべきかもしれない。あなたとわたしは一心同体ですものね。けれどもあなたはわたしが不幸になると予言していて、わたしだって嫌だけれどそうなる気がしている。だからなに? そう思うときもあるけれど、でも、わたしは生きているんですもの。幸せを求めるのは普通のことではないかしら? 

 あなたね! なにをぶつぶつと説教たれてるつもりかしら? 良いかしら? あなたは幸せにはなれないの。それはわたしが邪魔するということではなくて、最初から決まった運命そのものなのよ。お分かりかしら? 

 ええ、わかってる。わかってるけれど、少しくらい期待したっていいじゃない? それすら駄目なら、今後、希望も何一つ持たないわ。

 やよいはホストクラブの女将になった。慣れない仕事にどぎまぎしたけれど、最初の三か月は付き人が居たので何とかなった。研修みたいなもの。付き人は女性でキャバレークラブの女将さんだった。なるほど、慣れてる。そう思ったし尊敬もした。

 ほんとうにわたしにできるのかしら? そう思う暇もないくらいにオープン当初から女性客でごった返した。ホスト連中の客がそのまま引っ越してきたかの様子。疲れた。酷い疲れ方。

 三か月が過ぎたころ、付き人は自身の店へと戻る。胴元はやよいの店と当然ながら繋がっていたものだから、何かあればすぐ助けに来ると言ってくれた。それが嬉しくて何だか涙が出た。だけれど甘えるわけにはいかないものね。なるたけわたしの力で何とかしましょう。嗚呼、とうとうわたしも一人前になった気がするわ。うふふ

 従業員からはオーナーと呼ばれている。表向きは、れっきとした経営者だ。そうでなければならなかった。銀座でマネーロンダリングなどもってのほかだ。客が来なくなる。そのマネーロンダリングとは闇組織のことを遠回しに呼んだ名称。つまり胴元はやくざという意味である。付き人もその影を隠して店のお手伝いをしていた。今のところ気づいているものはいない。そうでもなかった。ホスト連中なら情報が早い。何処からともなくその噂を聞きつける。しかしながら自身のつとめる店の陰口をたたく者などいやしなかった。逆に知っていたからこそ言えないというのもある。つまりは怖いのだ。

 オーミチャー、覚悟しなさいな。これからよ、これから。あなたはこれから不幸のどん底へ落ちてゆくの。

 茜? 何を言っているのか分からないわ。だってわたしは幸せの縁に立っているんですもの。もう怖いものなんてない。トラウマなんてないの。隠していることと言えば整形の事くらい。それとソープ嬢だったこと。でも、そんなのどうだってよいじゃない。要はわたしの心の持ちよう次第なのだから。

 言うわね? いいかしら、オーミチャー。あなたはもう逃げられないのよ。トンミーからも闇組織からも。それがどういうことなのか一度じっくりお考えなさいな。

 あら、親切にありがとう。茜、あなたはやきもち焼き屋さんなのね。そうでしょう? 

 日を追うごとにやよいの感覚は麻痺してゆく。

 あたかも最初から美人だったかのような振る舞いへと変わっていった。

 それが第一に楽しくて仕方がない。人生にやる気を感じた瞬間。

 これではまるでロシアのオホーツクからハワイアンになった気持ちの様ね。でも、それに関していいことであって悪くはないことよ。だってそうでしょう? わたしはものすごく幸せなんですもの。

 茜が出てくる。

 あら? おじょうさん。あなたはまだ分かっていないのね。あなたはシンデレラ。時計の針が深夜の十二時になる前にお家へおかえりなさい。あなたをぼろ雑巾のように扱う宿へと戻るのよ。結局あなたはぼろ雑巾。おんぼろで汚くて臭すぎてどうしようもないわね。いいかしら? あなたの末路はこの場所ではないということを悟っておくことね。せいぜい楽しむがいいわ。至福を感じた分、落ちた時のダメージは相当なものよ。そのとき、あなたの精神は持ちこたえきれるかしら? 今から心配ね。

 オーミチャーが返す。

 なんですって? もう一度言ったって聞く耳なんか持たなくてよ。それならあなたも一緒に地獄行きかしら? いいかしら? 茜。あなたはわたしと一心同体なのよ。いえ、今は二心同体かもしれない。でもね、わかってちょうだい。わたしが幸せになることに関し

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