オーミチャー 17

 オーミチャー 17

 桜坂の劇場は人だかり。ふたりは手をぎゅっとつないで離れまいとした。東京大砂漠。遭難すれば命はなかった。

 初々しかった。そしてセックスは激しかった。辱めを受けるセックスだなんて初めてかもしれない。そうでもない。ソープ時代にとことん客から調教されていたのだから主導権はやよいにある。彼女はそれを譲った。彼へ委ねたのだ。

 浩二は陰険な変態。表向きは好青年を演じているが、ひとたび脱げばサドスティックにやよいを懲らしめ続けた。野外調教もしかり。彼女は流れるがまま流された。それが女としての喜びだったのだ。

 嗚呼。わたし、どうにかなっちゃいそう。

 どうにもなるわけがない。彼は上手くコントロールしている。正に飴と鞭だ。それのエンドレス。

 やよいは夢中になった。いつか彼と一緒に住みたい。そう思う事もしばしある。だが彼はそれを拒んだ。所詮、夜女と昼男の関係。そんな簡単なことで修正されることではない。やよいは玄人。裏社会の人間でもある。釣りあうわけがなかった。

 いつか彼とさよならしなければならない。そう考えるようになったとき、ふと、大粒の涙が押し寄せてきた。突然泣く彼女に彼は優しかった。どうして泣くのだい?

「姉ちゃん、辛いならやめときなよ――

 弟へ恋愛相談した時の話だ。言い分はごもっとも。それだけに辛いものがある。だけども別れることができなかった。

 だって、そうでしょう? わたしは今すごく楽しいの。まるで夢心地のように素晴らしい世界なのよ。もしかしては本当かも知れない。たとえ夢の中であっても結婚することはできるはずよ。そうでしょう? マリヤ様。

 もはやホスト連中らの誘いなど眼中になかった。ヘネシーを浴びるより恋に酔っていたのだ。

 浩二の身体はよかった。良い匂いがするしペニスの形も好みだ。彼は性病ではない。それはたくましい代物。

 ザーメンは毎回美味しく飲んだ。まるでミルクセーキのような味がした。

 彼の脇からかほる汗のにおいはフェロモンを発しているようで、それを嗅ぐたびに理性が狂わされた。何回も何十回でもセックスが出来た。

 彼は決して中に出してはくれないけれど、代わりの口の中は幸せの宝箱のようなもの。

 わたしはこうして生きているのね。彼と居ると生きている実感が湧くの。わたしって幸せ者なのね。そういえば弟は結婚している。愛人までいる始末で手におえない。またしばらく会うことはないわね。今度会うときは弟へおごってあげなくちゃ。何がいい? 

「姉ちゃん、ほどほどにしときなよ――

 分かっているわ。分かっているけれどわたし自身が言うことを聞かないの。気持ちよくてウキウキしちゃう。楽しいわ。こんなことってあるのね。わたしはもうだめかと思っていたわ。わたしには幸せなんかこないと思ってた。けれどもこうして幸せは巡ってきた。ねえ、琢己。お嫁さんを大事にしなさいな。あなただって彼女から幸福を見たのでしょう? きっとそのはず。わたしね、分かったの。報いは必ずあるって。諦めた先にあったから一瞬だけドキリとしたけれど、でも受け入れるのは簡単だったわ。不幸ばかりだと幸せに拒絶反応するっていうじゃない。それも分かっている。戸惑うのよね。仕方のないことだわ。それは新しい世界なんですものね。

「なあ、姉ちゃん。俺よ、新しい事業をやろうと思ってんだ――

 え? それはつまり、足を洗うってこと? 

 いや、そうじゃねえ。逆に手を広げるってのもあるんだぜ。

 どういうこと? 

 俺んとこにはバケツへ手突っ込んでる業界人が多いってことさ。

 芸能関係? 

 そうだよ。それと音楽関係だ。山ほどいるぜ。テレビの裏には客が腐るほどいるのさ。

 そう……

 それでよ、姉ちゃん。ひとつ提案があるんだ。

 提案? 

 そうだよ、悪い話じゃねえ。

 なに? あなたまさか――? 

 そのまさかだよ。どうだい? お姉ちゃん。俺のプロダクションからひとつ芸能界デビューしてみねえか? 

 馬鹿言わないで。わたしはそんな世界ごめんよ。こなれているわけでもないのに素人がいきなり売れっ子になんてなれるわけがないじゃない。そんなに簡単な世界ではないはずよ。

 そりゃあそうだけどよ、でも、プロデューサーにコネがあるって言ったら? 

 プロデューサー? 

 そうだよ。テレビはそいつらが仕切っているんだ。その鶴がひと声あげれば人事異動も簡単に叶うってな。

 もういい。これ以上腐った話、しないでちょうだい。それで? あなたの狙いはなんなの? 手を広げることだけが目的なの? 

 お姉ちゃん待ってくれ。勘違いしたかもしれないけど、話しはそこじゃねえよ。実はいうとな、お姉ちゃんがさっき言ったけどよ、俺もじきじき潮時感じてるんだ。シャブの仕事をよ。びくびくすんのに疲れちまった。けどよ、そう簡単には行かねえ。親元がよ、離さねえんだ。こればっかりはどうにもなんねえ。それでよ、無い知恵絞って考えた。代わりを探せばいいんじゃねえかって。つまり俺の片棒担ぐやつよ。しかし見つからねえ。どいつもこいつも信用成らねえ奴ばかりでよ。だからよ、思ったんだ。シャブと同じだけ稼げる業種へ様変わりして上納すりゃ文句の一つも言わないんじゃねえかってな。まあ、だいぶ前から複数のコネクション探してた。そりゃあ、接待で一億くらい使ったぜ。

「何故、わたしなの――?」

 姉ちゃんも野暮なこと訊くなぁ。そりゃあ、ごもっともだけどよ。俺らの場合は少し体質が違うのさ。まずは信用のなるやつからプロにしていくことに何の躊躇がいるんだい? 逆に教えてくれよ。身内に容姿の綺麗な女がいるのに、真っ先に手出さねえってのはどう考えてもないだろ? つまりはそう言うことさ。何にも難しい問題じゃねえ。分かりきった答えだ。なあ、姉ちゃん! この通りお願いだ! 引き受けてくれねえか?

「少し時間をちょうだい」

 やよいは即決しなかった。それも当然だろう。琢己もそうだと思っていたはずだ。

 今日のところはこれまでで、しつこくなかった。彼は退出した。マンションのドアが閉まる。彼女は寝室のベッドで仰向けになった。

 ぶつぶつ独り言をつぶやきながら考えてみる。彼はどう思うだろうか? だとか、わたしにこなせるかしら? など、とにかく不安材料が多い。

 それにしても琢己ったらわたしがソープ嬢だったってこと忘れてしまっているのかしら? 顔は既に割れているようなもの。テレビで客が見れば俺が店で抱いた女だって言いふらすでしょうね。それも計算のうちかしら? 炎上商法? 馬鹿らしい。

「やっぱりやめておきましょう……

 決めた答えはそれ。

 後日、琢己に来てもらう。マンションの合鍵は渡していた。仕事から帰ってくれば恐らく上り込んでいるでしょう。それとも昼頃かしら――? 

 琢己は部屋にいなかった。

 そう、これでも気を使ってくれてはいるみたいね。助かるわ――

 仕事帰りだと酔ってるものだから口車に乗せられそうで怖かった。

 素っ裸で就寝する。

 何かの物音で目が覚めた。めざまし時計へ目をやると時刻は十三時ころ。

 お腹が減っていることにも気が付く。

 物音は琢己でしょうね。そう思ったし怖くはなかった。

 よお、姉ちゃん。

 桃の缶詰を食べながら寝室へあがりこむ琢己。

 ひとつわたしにちょうだい。

 ああ、いいけど。

 いいけどじゃないでしょう? わたしのものなのよ。うふふ 朝から笑わして。もう! うふふ 

 姉ちゃん、服つけなよ。目のやり場に困るからよ。

 ああ、ごめん!

「姉ちゃん、決断してくれたかい?」

 ええ、まあ……。弟に申し訳ない。やよいは思った。琢己も察しが良かった。

 ああ、そうかい。まあ、そうだろうなとは思ってたぜ。仕方ないこともある。けど、気が変わったら連絡してくれ。

 待って! やっぱり、もう少し時間をくれないかしら? 

 明日になったら気が変わってるかもしれない。非常に判断しにくい問題だ。裏の世界から抜けられるチャンスでもある。これを逃すと後先もうないだろう。分かっていた。けども、寝る前とはずいぶん気持ちが変わっていることに気が付いたやよいは、茜とも相談してみたいと思った。こんな時に彼女が現れないだなんてなんか変。そう感じた。

 弟が帰った後、直ぐに茜が出てきた。

 お呼びかしら? まあ、でも、あなたには地獄がお似合いなのよ。オオミチャー、そうでしょう? 

 それじゃあ訊くけど、わたしにとって地獄は芸能界なの? 現状維持なの? それを教

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