オーミチャー 21

 オーミチャー 21

 分からない。答えは出なかった。

 ええっとぉ……。わたしいつからこんなところに居たのかしら? 

 記憶をさかのぼってみる。入院前の出来事しか覚えていない。狂っていた毎日。酒に溺れた日々。覚せい剤。そう言えば弟は来たのだっけ? それすら記憶になかった。

 段々凍えるような寒さを感じる。やよいは素っ裸だ。

 ……、茜……。あなたも寒いのでしょう? 姿をお見せなさいな。裸で温めあいましょう。だって他に温まる方法がないじゃない。

 オーミチャー、オーミチャー。声が届く。

 だから言ってるじゃない。早く姿を見せて! 終いには怒るわよ? ほら、出てきて。オーミチャー。あなたは誤解している。あなたはわたしであってわたしはわたしなのだから。茜? もしかして、まだ体の中に居るの? ここは安全よ。もう出てきてもいいころだわ。ほら、出ておいで。

 オーミチャー、あなた少しうぬぼれているのではないかしら? 主導権を握ったつもりでいるのね? とんだおバカさんよ。オーミチャー、いいかしら? 最初から最後まで主役はこのわたし。そう、守屋茜なんですもの。あなたはよくもまあ道連れにしてくれたものだわ。人間のくせに、生身の人間のくせに! 

 茜、何を言っているの? わたしたちは同体じゃない! それはあなたが仕向けたことなのよ。わたしのせいにしないで! 

 突然、生暖かい風が吹いた。流れ来る方向を見る。もちろん何もない真っ黒な世界だ。しかし違った。遠い彼方から太陽が登ってくるのだ。夜は終わった。ちょろちょろと緑の香りが鼻へ届く。やよいは振り返ってみた。裸の茜がザナドゥの泉で泳いでいる。

 そんなまさか――! 

 とても信じられない。夜が終わった上に泉まで湧いてくるとは。素っ裸の茜は言った。さあ、あなたも一緒に泳ぎなさいな

 泳ぎつかれた後のドリンクはトロピカルカクテル。それと一緒に出たスモークサーモンは絶品。

 お姫様、そろそろ食事の用意が整っていますが、どうなされますか? 

 付き人の男が言う。男根は太く逞しかった。

 そうね? それじゃあ、あなたを食べましょう。

 女二人に男一人のスリープレイセックスは初めてではない。これまでにそうした乱交はいくつもやってきた。真新しいことと言えば彼の男根から噴き出すザーメンがピンク色だということだけ。その色には覚せい剤の成分が混じっているかのように酷く脳を刺激してやまなかった。

 嗚呼……。わたしたち、もう抜けられないのね。残念だわ。

 感じる。全てを破壊して。乱れる。脳天を突き破って。痴女的性快楽は麻薬によってはじまり麻薬によって増大した。

 スイカを棒でかち割ったような頭になる。脳みそはぐしゃぐしゃの麻婆豆腐だ。

 そういえばわたし、麻婆豆腐の顔をしていたのだっけ? あへへ うひゃひゃ あへあへ 

 狂った裸体など糞でしかない。豚のミンチ肉よりもひどい様だ。食えた代物ではない。それを美味しそうに食べつくす付き人はもはや下僕でしかなかった。

 いっひっひっ 貴女はクレイジーミートソースでわたしはクレイジータコライス それでいて貴男はクレイジーコリードッグなのよ これって最高のメニューなのではないかしら? うふふ 

 夢からさめたくはない。

 だってそうでしょう? 素敵な素敵なザナドゥ。これのどこがいけないっていうの? でも、これってクレイジーエッグマフィンみたいなもので、わたしたちは永遠ではないのよ。朝が来て昼が来る。お昼のあとは夜が来て、翌朝になる。だから早く目を覚まさなきゃ。でも、どうして? どうやって?

 とんとんとん。とんとんとん。

 みぞおちの中枢神経を叩かれる。

 とんとんとん。とんとんとん。

 正体はシャブ。覚せい剤の注射をされたのだ。

 いやぁぁぁ! 

 欲しくなくとも仕方がないのさ。ほうれ 大好きな看護師のペニスをしゃぶれや! こらぁ! とっととザーメンを飲み干せ! 

 いけない。これは現実なの? まだ夢の中? 

 果たしてどっちだろうか? たちまちめまいがする。

 そうか、それじゃあ夢ってことなのね? 

 どうしてさ? 

 だって覚せい剤を打てばめまいはしないもの。当然の答えだわ。じゃあ、ここは地獄ということ? 地獄の三丁目なの?

「担当、患者が目を覚ましました」

「よし、独房へ連れて行け」

「はい――

 朦朧とした意識は現実に蘇る。そう。ここは地獄だったのだわ……。飛んでいた精神がはっきりと区別する。それだけが救い。わずかな望み。

 独房は相変わらず冷たくて寒い。そしてなんといっても臭うのだ。コンクリート床が尿と糞で酷い色をにじませている。

 窓はない。その代わりとして換気口があった。それだけでは臭いを退治できない。幻聴と幻覚は相変わらず。たとえ精神が戻っても回避できそうになかった。

 だって禁断症状がひどくなったらシャブを薄めた薬か電気地獄だもの。恐ろしいわ。本当に恐ろしい。茜、出てきてちょうだいな。お話ししましょう。

 オーミチャー、よくもまあ夢を台無しにしてくれたものね。許さなくてよ。

 え? 茜、どういうこと? 

 オーミチャー、あなたとわたしはザナドゥに居たはず。何故に意識を回復させるのかしら? 貴女なんかあの時に息を引き取ればよかったのよ。ご臨終というやつだわ。

 茜、けったいな事言うわね。わたしが死んだらあなたはどうなると思って? それを考えているのかしら? 

 オーミチャー、あなたは本当にうるさく返してくるわ。いいかしら? わたしはもう死んでいる側なのよ。あの世へ行けない可哀そうな霊なの。あなたが死ぬことで成仏されるわ。

 茜、あなたは元々わたしに恨みなんてないじゃない。なのに地縛霊だなんて少しおかしいと思わない? 

 オーミチャー、黙ってなさいな。

 いいえ、黙らない。だってそうでしょう? あなたの本当の望みが知りたいの。ほんとうにわたしが死ぬことであなたは浮かばれるの? 違うでしょう? 

 オーミチャー、地縛霊というやつはね、無差別なものなのよ。そんなことも知らなかったのかしら? オカルト界では有名な話なのにあなたったら勉強不足も良い所ね。

 なんですって? 

 常識はずれってことよ! 

 言ったわね――

「そうれ、電気地獄だ。ギャーギャーうるさいっての!」

 看守がスタンガンで電気地獄をする。やよいはたまらず瞬時に気絶した。覚せい剤を薄めた薬を一本打たれる。眠りの中で気分が良くなる瞬間だ。目を覚ます。あへへ よだれを垂らしながらにやけてみせる。精神はぶっ飛んでいた。

 精神病院から支援施設へ移動になったのは、それから二年後のこと。今では覚せい剤の注射ではなくて重い鬱用の錠剤で精神を保てるようになっている。モルヒネも打たれていない。一般の睡眠薬数種で十分眠れた。今度はアッパー系的な精神状態ではなくてダウン系的な精神状態になっている。非常に大人しくなったということでは前進しているのだが、依然として薬漬けだということに変わりはなかった。

「夢はありますか――?」

 支援施設の担当医が訊く。

 ……、ですか? 

 はい、そうです。目標でもいいですよ。聞かせてください。

 わたし……、わたし……

 はい。なんでしょう? 

 わたし、芸能界復帰を果たしたいです。

 それはいい。しかし、もう少し目標を下げてみませんか? 芸能界復帰では目標が高すぎて挫折する危険性があります。ですからもう少し手前あたりの夢を聞かせてください。

 手前の夢……? 

 そうです。社会復帰すること……、とか? 

 そうですね、それに向かって頑張りましょう。

 リハビリは手芸工作の日課で行った。楽しい、うれしい、を意識してください。そう言われた。確かに重いうつ状態である。しかも睡眠薬が強くて思考回路が停止したような状態だ。喜楽になれない。感情がないのと同じだ。いや、確かにある。哀ならあるのだ。怒は薬によって抑制されているようで上手いこと高ぶらなかった。わたしはもう死んでいるのね。思うと自殺したくなる。毎度頭をよぎる。死にたい……

 支援施設の広い庭でタバコを吹かす患者たち。その集いからさけるようにして、一人、離れの芝生上へ横たわってみる。

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