オーミチャー 4

 オーミチャー 4

はね、野球をやってお金をもらっているのよ。そうそう、立派なプロなの。いつしか施設の先生に教えられたことがある。そう、すごい。無感情にそう答えた。それよりもわたしは自分の顔のことで頭がいっぱいなの。せんせい、ごめんなさい!

「これからが勝負ね」

 茜がつぶやく。とっさにやよいは返した。――なにが? 二人はこうして独り言を喋っているように黒い砂浜の上で会話を交わした。服はワンピースである。オーミチャーにはとても不似合な格好。酷い顔だ。

「これはね、あなたとわたしの勝負でもあるのよ」

「どういうこと?」

「あなたの感情が勝るか、わたしの呪いが勝つか。二つに一つしか答えはないの」

「そう……

 やよいは何だか脱力に満ちた感情に陥る。それはいつまで続くの? 訊きたかった。聞かなかった。そうね、そうしていつまでも呪ってるがいいわ。わたしはね、既にもう疲れているの。生きるのがしんどい時だってあるわ。それなのになによ。わたしかあなた? そんなのどうだってよいじゃない。

「厄はもう少しよ」

「やくって?」

「厄よ。呪いのほう」

「ああ、厄ね……。それで、どうなるのかしら?」

「終わってから気が付くわ」

「そう……

「なによさっきからそうそうって。まるで他人ごとではないかしら?」

 どうだっていいじゃない。言いかけてやめた。やよいはもう嫌なのだ。考えるのが。悩むのが。でも、それでも他人ごとではない。これはれっきとした自分自身なのだから仕方がなかった。そうは思わなかった。守屋茜って言ったわよね? わたしはあなたのことをどう呼べばいいのかしら? でもせっかくだからあだ名にしましょう。あなたもわたしのことをオーミチャーと呼んだのだものね。当然の報いだわ。

 小学生の時はとにかく勝負の毎日。食うか食われるか? それだけを到底多様なものだったものだから、やよいはほとほと疲れ切っていた。そして中学だ。彼女は気持ちも一新して学問に没頭したかった。できなかった。

 まいどのことながら口の暴力が果てしない。嗚呼、わたしは一生罵倒されて生きてゆくのね。心が何度も折れそうになる。しかしながらもう一つの彼女である茜はとにかく強気。オーミチャーに変わって罵声を返すわ、罵倒し返すわで、とうとうやよいと会話する生徒はいなくなってしまった。それはそれでさびしいこと。ねえ、文句言っていいのよ。わたしの顔、ひどいでしょう? いいなさいよ。ほら、いってよ! 心の中で何処となく叫ぶ。しかし声にして出せない。内心ほっとしていた。友達おろか、空気の存在のように無視されることも悪くはないわねと考えたからだ。これで授業に集中できる。よかったわ、わたし。

 それでも茜はやよいの敵を演じてみせる。毎晩毎晩、自分で自分の首を絞めつけた。手をまわして、つよくつよく締め上げたのだ。これに何の意味があるのだろうか? やよいにはわからなかった。だってそうでしょう? あなたは苦しんで死になさいと言ったのに、これではまるでハーレムじゃないの。わたしはとっくの昔に楽して死ぬ方法を探しているのだから。ちゃんちゃらおかしいわ。

 

 年下の園児らがオーミチャーと揶揄したある日のこと。

 ガジュマル広場は園児らがビー玉大会をする場所だ。木陰が涼しかったし風も良かった。悪いと言えば罵声だけ。オーミチャーオーミチャーうるさいわね。わかってるわよ! どうせわたしは怪物ですもの。ふん、そうやってあなたがたは年下のくせに指差して笑ってればいいわ。シンデレラはわたし。結局、最後に勝つのはわたしなのだから。

「やよいくん――

 オーミチャーは独り言から我に返った。目の前には園長先生がいた。彼女は下を向いており気づいていなかったものだからよほど慌てふためいた。え、えんちょうせんせい。そう返すのが精いっぱい。しかし、じっさいに届いた言葉はこれだ。

「へ、へんちょうへんへい……

 ごもりはまだ治っていなかった。いや、むしろひどくなる一方。

「どうしたのかね、元気がなさそうだが?」

「園長せんせい。わたし、つらいのです。とても……

「容姿のことかね?」

 園長先生もそう思っているのね。幻滅したわ。やよいは思った。

「大丈夫です。容姿は幾らでもかんたんに変えられるものだから、けっして純粋な心を失ってはいけませんよ。それを信じなさい。だいじょうぶ。あなたはそんなにひどい人間ではない。人間とは、皆、平等に死を迎えます。どう生きたか? きみは心を清く全うすることこそが全てのように思う。がんばりなさい」

 容姿簡単に変えられるですって? 何を馬鹿なことを言っているのかしらこの人。本当にそれでも園長先生なの? 良くかんがえてみれば、今の話だってまるでわたしを馬鹿にしているじゃないのかしら? 

 やよいは泣いた。何だか悔しくて悲しくて泣いたのだ。もう誰の言うことも信じられないくらい罵声に聞こえたものだから仕方がなかった。

 かなしい、本当に悲しいです。園長先生。どうしてわかってくれないのかしら? わたしの確信的な心の悩みを。嗚呼、悔しすぎます。くやしくてかなしいのです、園長先生。

 そのとき。茜が出てきた。

 彼女は思い切りよく園長のほおをひっぱ叩いた。

 馬鹿な大人ね! ふん。と。

 なにをするのだね! やよい君。

 あなた方にはわからないわ。ぜったいに。だってそうでしょう? 五体満足の人間だなんて結局馬鹿の産物なのですものね。やよい、走りましょう それ! 

 やよいの体を持つ茜は走った。何処までも駆け出す。

 あはは! どう? すっきりするでしょう。こうやって走ればいいのよ。悩みなんてものはちっぽけ。本当に小さいのよ。あなたは何に困って? 

 やよいは考えた。茜はどうかしてる。つい今日まで敵だったかと思えば、今みたいに味方に付くときさえある。

 いったいなんなの? あなたという女は疲れる。本当に疲れるわ。もうしりません! あなたはあなたでやりたいようにしなさいな。わたしはわたしの時間の時に悲しめばよいの。そして泣くの。しくしくと。もしかしてそれが狙いなの? それすらさせまいとしていることなの? つまりは征服したいと言う事かしら?

 茜はいう。そうよ と。やよいはそれを聞いて絶句した。

 あなたね、いいかげんにして! 

 自分で自分の顔を引っ叩く。己が痛いだけ。

 もう、どうしてこんな天邪鬼の霊が憑りつくのかしら? わたしって本当についていない子。疫病神だわ。

 やがて日が暮れそうになる。やよいは来た道を急ぎ足で戻った。施設の門限は夕方六時である。恐らく今時間は夕方五時前ころね。彼女はふとそう思った。赤紫の夕焼けは夜空を連れてくるように暗くなっていった。車道はヘッドライトの付いている乗用車がガラガラ音を鳴らして行き去ってゆく。役場の方から時報が響き渡る。この街は住宅が多くて、おおよそ雑音がある方なのだが、その音はこだまして届いていた。

 施設に着く。夕飯の御膳たての支度を当番の児童たちがしていた。白い食卓テーブルはとても大きくて横に長かった。皆、一同に食する。祈りをささげてから。それは今夜も同じ。夜になる。

 シャワーを浴びてから勉強机へ向かう。宿題が多かった。髪はドライヤーで乾かしていた。いつもルームメイトと交換で使っている化粧台で。いまのところ茜は出現しない。やれやれと思ったしほっとした頃合である。わたしにみせてみて 宿題を手伝うかのような言いぐさで茜は出てきた。はて、彼女の偏差値はどれくらいなのかしら? そんなことを思ったりもした。おもわなかった。

 なんとなしに今日の茜は味方であった。毎日こうであったらよかったのに。やよいはつぶやく。茜は聞いていた。なんですって? いえ、なんでもないの。宿題、いそいで。

急ぐいそがないもあなたの脳みそなのよ。限界があるわ。そうれもそうね。わたし、特殊学級に居たから遅れてるのよ。わかって。しかたないわね。

 ルームメイトには施設内の恋人がいた。いつも夜の八時になると別の荘から抜け出して会いに来るのだ。今夜もそう。やよいは気を利かせて部屋を出る。それからいつもドア越しに盗みぎぎしていた。うらやましい、うらやましい。と。共同部屋の人間は一年に一回、部屋替えを強いられており、今回の場合、オーミチャーのルームメイトはさやかという美女。その子は施設内でも評判の子で、性格もやさしくとてもよかった。

「なあ、さやか」

「なあに?」

「おまえ、オーミチャーのことどう思ってる?」

「やよいちゃんの事? いいルームメイトだと思ってるけど?」

「ほんとうか?」

「うん。でも……

「でも、なんだ?」

「気味が悪いわ。わたし、こわいの……

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