運タマギルー 9

 運タマギルー 9

 ええ、そうよ。わたしね、もう太ってやるの。あなたに捨てられた女の末路というやつよ。それを観てせいぜい拝むがいいわ。ジーザス! と。でもね、きいてちょうだいな。わたしは太っても女なの。せめてマリヤ様とおよびなさい! さあ! さあ!

 何だかどうしようもなくなって涙があふれてくる。

 こんなはずではなかったのに……

 とうとうベッキーは片手で口をかくし号泣した。崩れ散った。皆は何の事だかさっぱりで、ベッキーどうしたの? ほら、泣かないで。なんで泣いているの? と肩を叩き寄り添うばかり。だっでぇえ……。だっでぇえ……

「ベッキー、泣いた訳を話して」

 バーベキュー場からすこし離れた場所で梓と二人きりになったときだ。ベッキーはまだ泣いている。見かねた梓は彼女をそっと抱き寄せた。

 お願い、もう泣かないで。そんなに泣いてたらわたしまで哀しくなっちゃう。

 ベッキーは答える。ごめんね、ごめんなさい……

 ねえ、わたしたち友達だよね? しかも親友だよ? 話してくれても……、でも、ベッキーはつらいのだものね。わたしのほうこそこんな話しちゃってごめんね。いいの、今はいっぱい泣いててくれて……。梓も涙顔になる。とうとう一滴の涙をこぼした。

 暫くして落ち着きを感じたころだ。

「わたし……、わたし、梓にやきもち焼いてたの……。ほら、海から学君と二人きりだったじゃない? それで……。でもちがう……、あなたはそんな人ではないから……。そうでしょう?」

 そっか……

 学君から聞いていないとは思うけれど、いい? ベッキー。シャワー室から出て学君と歩きながらわたし会話していたじゃない。そのとき、彼は今日あなたに告白したいといっていたわ。ここで、この海辺で。

「え……?」

 そう、そうなの。真相はあなたが思ってることとは違うのよ。だから安心して。これから学君を呼んでくるね。まってて――

 時間は果てしなく遠く感じてしまって意識を失いそう。確かに学君は来た。そこに梓の姿は見えない。いま、ベッキーは彼と二人きりだ。太陽は千切れ雲に隠れており、突き刺す陽光は幾分癒えた気持ちになった。

 

 

 ワーか(俺か)? ワーはギルーやいびん(俺はギルーだ)!

 それは昔々の話です。遠い彼方、南はさらに南の島こと(事)でしたよ。与那原と西原の村境に運玉森という丘がありました。その麓で彼は誕生したのです。おっかさんはたいそう苦労しましてね。女手一つでギルーを育て上げましたよ。それからそれから彼は大きくなりまして、こうして立派に番人の職を手に入れたわけです。

 この頃、ギルーは二十歳でしたよ。背丈も十分、伸びにのびて体格も丸太のような図体になりました。力瘤は昔よりも人一倍で、もはや喧嘩を売る者などいやしません。皆、恐れおののいて逃げて行ってしまうのです。

「ふんぎゃあ――!」

 人間というものは不思議です。この世の終わりを察した時、とうとう終わりが見えた時、決まって吐く奇声は赤ん坊の泣き声ですよ。そうなんです。人間の原点は子供なのですから、当然といえばそこまででしょう。ギルーは今日も盗人を鷲掴みにして、ぼこぼこのぼっこんぼっこんにしてやりましたよ。おそろしい、おそろしい!

 どんどん血に飢えてゆくギルーの熱を覚ますのはいつもおっかさんの仕事です。そうなんです。彼は空手のお師匠さんから上京の許可をもらっていませんでした。許可をとり紹介状を貰わなければ上京したところでまともな職にありつけないのです。ギルーは焦っていました。その焦りが一たびも二たびも彼を発狂した狂犬へ変貌させたのですよ。

 まだまだ一人前とはいかないギルー。給与の様なお手当は頂戴しているものの、それでもまだまだ裕福な生活とは無縁です。おっかさんを早く楽しにしやりたい気持ちは本物ですが、それもこれもやはり気が焦るばかりでどうにもなりませんでした。

 おっかさんは相変わらず大ネズミの仕掛けをこしらえていてですね、時にはマングースを二匹ばかりとらえたときもありましたよ。けれどもマングースーは肉付が微々たるものでしてね、一匹二匹なんぞでは大人二杯分の肉鍋は作れませんでした。そんなときは厚切りに揚げられた厚揚げ豆腐ですよ。ほら、あの出店が作っているやつ。そうそう、あれは油揚げでしたね。しかし厚揚げも作っているのです。同じ豆腐ですからねぇ。

 ギルーはおっかさんがネズミ仕掛けの様子を確認する日を知っています。畑仕事が多忙ですから、決して毎日ではないのですよ。それに毎日捕まるというものでもありませんでした。一週間に一匹くらいのものです。

 今日は土曜日。仕掛けを観に行く日ですね? そうなんですよ。ギルーは待ってましたといわんばかりにこの曜日を待っていました。夕刻の帰り際、油屋へ豆腐の厚揚げを一丁ほど買いに行きましたよ。

 へい、まいどありぃ!

 残った釣銭をしっかり袂へ入れてから家路を歩きます。転ばぬように慎重に、それでいて蟹股で堂々と、歩きましたよ。

「おっかあ! かえったぞ――!」

 家に着くと、あんらまあ、おっかさんはどっかいっちまったようです。どこさいっただ? 考えますが、それも一瞬。ギルーはそそくさと居間に上がり込みました。それから横になり少々疲れを癒します。暫くすると、ようやくおっかさんが帰ってきましたよ。

 ただいま、おや、ギルーや。きょうもはやかったなぁ?

「おっかあ、どこさいってただ? 厚揚げ買ってきたど。鍋するんだべ?」

 それなんだけどなぁ……

 ん? どうしただ? 

 いや、まあなぁ……

 なんだ、きまりわるそうに。言っておくれよ。

 それがなぁ、ネズミの仕掛けなのだけども、山猫にそっくりそのままやられちまってなぁ。それで探したのだけども、どこにも仕掛けが無いだよ。あれが無いと今後厄介になるだでなぁ。何せ、うちんところは仕掛け買う金もろくすっぽありゃしないだろう? これじゃあ、しばらく獅子肉はお預けになっちまう。それはご勘弁だろう? ギルーよ。

 話を聞くや否や、ギルーは困惑した表情を浮かべて困り果ててしまいます。

 さあ、どうするのじゃ、どうするのじゃ? 困った困った! 

 何か一つでもよい。名案は無かろうか? のうたりんの頭脳をフル回転させますが、どうにもこうにも二進も三進もいきません。やれやれ、これではとうとう獅子肉のおあずけじゃなぁ……。そのときでした。

 何やらおっかさんの表情に変化が見受けられますよ。

 ん? どうしてにたりと笑っておるのじゃ? さては――? 

 そうなのです、全てはほら話だったのですよ。本当のところは野ネズミの肉どころか山猫までとらえておりましてね。この時代に英語は使わないのですが、ギルーは思わず、ハバ! ハバ! しましたよ。やれ、焼肉パーティーじゃ! パーティーじゃ! 

「ほうれっ! 獅子かめぇ カメカメ(食え食え)ギルーや

 思わず「シシカバブエ!」などと言った日本語でない雄たけびを上げそうになったのですが、いや、それは琉球語ではないし、おかしいだろう? と、ギルーは躊躇して見せましたよ。

 ん? 何を言おうとした? ギルーよ? いってみんしゃい! 

 しし……、しし……、ししかむんっ(肉食う)!

 今宵は愉快な晩餐でしたよ。おっかさんと一緒になってこんなに笑いながら夕食を共にするのは一体いつ振りだろうか? いや、もしかしたら初めてなのかもしれないのです。人間というものは腹がいっぱいになれば自然笑顔になる物です。機嫌の悪いやつにほど飯をタンと食べさせた方がいいのかもしれませんねぇ。そうすれば日本おろか世界はもっともっと幸せかもしれません。機嫌のわるいやつというのは決まって不幸せな人間です。不幸だから機嫌が悪いのですよ。不幸ということは弱いということでして、やはり弱い人間には飯をタンと与えてやるべきなのかもしれませんね。三角ピラミッドで追い出し部屋というのはもう古い考えなのです。世の中というものは三角ではなくて四角出世で構わないのじゃないですか? ピラミッドだから強い弱いが出るのですよ。争いではなく共同体でなければなりません。さてさて、腹がいっぱいになったところでもう就寝ですよ。夜起きてもテレビも何もない時代ですからねぇ。相当、昔々の話なのでした。

 悪いことが続くこともあれば良いことが連続で起こるというのも、世の中の流れのようなものでありましてね。ギルーの場合、満腹になった翌日にそれが起こりましたよ。さあ、大変なこった大変なこった! どうなる、ギルーよ。

「えー(おい)! 門番のギルーよ、師範から直々にはなしがあるそうだ」

 はて? 何か悪さでもしたわけでもあるまいし。かといっても、毎日まいにちげんこつ見舞いして暴れておるのだけれども、まあ、それについては盗人どもに対してであって、一般人に限って手を上げるなんてことはしちゃいない。おいらだって農家の出だ。庶民の苦労はよく知っているだでな。手を上げるわけが無かろうもん。ぶつぶつ独り言をつぶやきながらお師匠さんの部屋へ向かいましたよ。

 お師匠様! 番人のギルーです! 

 風通しを良くするため襖は開いていますよ。書斎の畳間にて書物を記しているのはお師匠さんです。彼はギルーへ顔を向けることなくうむ、はいれ。言いました。ギルーはな

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