オーミチャー 8

 オーミチャー 8

 そ、そうね。交番へ行けばよいのね? 交番、交番……。ああ! あそこにあったわね。あそこへいきましょう。いそがなきゃ、いそがなきゃ……

 追手は来ない。それからやよいの告発により、後日、当直の先生は逮捕された。

 やよいはもはや施設などにとどまりたくはなかったものだから、事務所の人間へ施設を出たいと直々に申し出た。返ってきた答えは好きにしなさい。

 卒園の前、就職先を紹介された日の事、やよいは園長室へと呼び出された。なにやら園長先生から話があるらしい。そんなもの糞くらえよ。そうは思うものの、断る理由も探せなくて、彼女はしぶしぶ園長へと会いに行った。上等のドアをノックする。やよいです。入りなさい。失礼します。

「やあ、やよいちゃん。ここへ座りなさい」

 園長は応接セットを指さしてから自身のデスクを立った。上等のソファーは本革製で、ずっしりと貫禄のある焦げ茶色に艶があった。対面式で二人は腰かけると、やよいの方から、「あの、ごようけんは?」とだけ尋ねてみた。

「うむ、じつはいうとね。君の弟さんなのだが……

「おとうとが、なにか?」

「彼も将来は東京へ旅立つことになっているものだから、君の世話が必要になってくるだろう。そのときの話なのだがね」

「東京? なぜ決まっているのですか?」

「いや、東京とはいろいろと繋がっているのだよ。宗教関係でね」

「そうですか……。それで? どうしてわたしが面倒をみると?」

「それはないだろう。いいかね? 君たちは兄弟なんだ。大人になってからも協力し合わなきゃいけない。特に君の方からね。君はお姉ちゃんだろう? もう少ししっかりしたらどうかね」

「ごめんなさい。そう言うわけじゃないんです。ただ、どうしてわたしたちの未来がそう決まっているかのように話すのかが不思議で仕方なかったものだから……

「そうだね、彼の方は決定したわけでない。しかしだね――

「もういいです。わかりました。わたしたちは施設に捨てられて東京へほっぽり出される運命。そういうことでしょう? わかってます」

「聞こえのわるいことをいう子だね。君はが気に入らないのかね?」

「もう好感は持っていません。あのときから……

「あのとき?」

「いいんです。それでは失礼します――

 やよいは腹立たしかった。腹が立って腹が立って仕方がないのだ。いったい、この怒りをどこへ叩きつければいいの? 自問する。答えは見えてこなかった。彼女の就職先は謎だらけで信用もへったくれもない。只、東京へ行けばホテルのプールでブルーハワイ。夜は豪華なディナーに著名人が集うパーティーへの参加。夢のような出来事が待っている。そう乗せられて、いいかい? 素敵なドレスが着れるのだよ? こんな良い話はないだろう? と一方的に説得するだけ。馬鹿げている。うっとおしいとさえ思った。だが選択の余地はなかった。高校中退とはいえ中卒と同じ立場なのだから。沖縄に残っても酷い毎日しか用意されていない。じっさいに泊まる宿すらない。東京へ行けば寮生活だ。悔しい、とっても悔しいの。茜へ呟く。彼女は何も言ってこなかった。あの時から脳裏へ出現してこないのだ。それが不思議だとも思ったし、そう考える事こそおかしいわね。と、頭をよぎった。

 わたしはいいの。別にどうってことなんかない。今までが酷い人生だったんですもの。今更怖い物なんてないわ。でもね、弟は違うの。容姿にも恵まれて……。彼も東京へと見殺しにされると言う事がどうしても許せないのよ。この施設は一体何なの? 只の一時預かり所みたいなものね。なんてひどい話なんでしょう。改善すべきよ。これではいつまでたっても不幸人は不幸のままではないの。敷かれたレールがあまりにも酷すぎる。そんなのってあるかしら? 誰のせい? そうよ、親のせいよ。それでも世間は自身の問題だと言うのかしら? 自己解決しろとでもいうのかしら? 嗚呼、腹立たしい。腹立たしい。

 やよいは弟のトンミーへ会いに行った。荘は異なるが、大して離れているわけではない。事務所からだとさらに近かった。

 ねえ? 進学するの? 

 ああ、訓練校へ行こうと思ってるんだ。

 訓練校? 

 自動車の、競争率激しいらしいんだけど何とか頑張ってみるよ。

 そう……

 どうした? 

 いえ、ちょっとね……

 どうした! 言えよ。兄弟だろ。

 じゃあ言うわね。あまり言いにくいのだけれど、この施設はあまり良くないの。進学はできないかもしれないわ。でもね、きいて。あなたならきっと合格するはずよ。そのときはね、施設を出るの。一人暮らしすればいいわ。お姉ちゃんが仕送りしてあげるから、バイトとかも頑張って生活費稼いでちょうだい。だから、おねがい……、施設にとどまるのだけはよくないのよ。未来がね、未来がおかしな方向へ行っちゃうから。

 どうした? よくわからないけど。

 いい? きいて。敷かれたレールを脱しなきゃいつまでも不幸のままなのよ。だからどうしても施設から出ることを考えてほしいの。今は無理かもしれない。あなたは中学生ですものね。けれど進学したらきっと、きっとよ、あなたは一人暮らしすべきなのよ。わかった? 

 うん……、よくわからないけど、お姉ちゃんが助けてくれるなら一人暮らししてみるよ。わかった。

 そう、それでいいの。

 それで? お姉ちゃんはいつ東京へ行くんだ? 

 明後日よ。

 あさって? 早いな……

 いいえ、遅すぎるくらいよ。わたしはね、今日にでも旅立ちたい気分だから。見送りはいいわ。いつも通りに学校へ行って。お姉ちゃん見送りなくても大丈夫だから。それとね、施設で会うのは今日でさいごよ。だから頑張ってとしか言えないけれど、お姉ちゃんからの連絡、ちゃんと待っててね。

 着いたら連絡するんだろ? 

 落ち着いてからにするわ。それでいい? 

 ああ、分かった。

 そして二人は解散した。

 東京旅立ちの日が訪れた。やよいは施設からバスで那覇空港へと着く。これから飛行機に乗って三時間余りのフライトである。お土産は用意しない。金銭的にも余裕がないし就職先が気に入っているわけでもなかったから。

 仕事内容はまだ明かされていない。不安をよそにスチュワーデスがマイクとビデオで救命胴衣の説明をしていた。機内食はほどほど美味かった。そのときに見せたマスクの内側を誰かに見られて絶句されまいか心配だったけれど、誰一人として他人様に興味はない様子だったものだから一安心だった。羽田空港に着く。

 生まれて初めてモノレールというものに乗った。職場の案内役と一緒に、だ。寮までの道を教えてくれる。非常に頼りがいがあった。頼もしかった。しかしながら、なにやら一般人とは異なる風貌をしていたものだから、この人もしかしたらチンピラかもしれないわね。などと勘ぐっていた。口数の少ない人で、こちらです。こちらです。以外は会話をしてくれなかった。そう、それでいいのよ。わたしなんて他人様とあまり話したくないのだもの。丁度良かったわ。あれもこれも訊いてくるのではないかと、最初は不安だった。それも肩透かしに終わって安どしていたのだ。寮に着いた。

 フロントから奥はロビーになっていて、かなり広い建物。まるでちょっとしたホテルを改装して寮にしたような、そんな感じ。ソファーには下着姿の女性らがげらげらと会話を楽しんでいた。足を上げたりだとか股を開いたりだとか、そんな恰好で談笑しているものだから、やよいは何やら嫌な予感がした。まさか――? そう、そのまさかだったのである。

「あら、まあ。新入りかしら?」

 下着姿で股を開いた女がひとりそう発すると、立ち上がってやよいへ歩み寄った。タバコの火をつけている。そいつを大きく吹かしてオーミチャーの酷い顔へとこぼした。彼女はたまらず咳き込んだ。瞳も痛くて涙が出る。なんなの? このひと、おかしい。やよいはそう思ったが、雰囲気にのまれて黙っていた。とにかく恐怖以外の何でもない。この女からは殺気じみた気配が感じられたからだ。

「んで? なまえは? 自己紹介しなさいよ。新入りちゃんよぅ」

「あまりいじめないでやって下せえ。商品にならなくなる」

 案内の係がようやくまともな言葉を発したかと思えばこれだ。やよいの恐怖はとうとう頂点へと達し、両手が小刻みに震えた。それに気づいた女はいう。

「あら、まあ。びびってるじゃないの。かわいいこねぇ」

「それじゃあ、あっしはここで。あとはよろしくおねがいしやす」

 男はそう告げると消えて行った。

 やよいは早いところこの場から逃れたかったのだが、部屋を案内されておらず、どうしていいのかわからなくなっていた。逃げようかしら? そう脳裏をよぎる。だめだ、逃げられない。万事は休した。

「あんたの部屋へ案内してやるよ。ついてきな」

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