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小説家で詩人、占い師の滝川寛之(滝寛月)の国際的なブログです。エッセイ、コラム、時事論評、日記、書評、散文詩、小説、礼拝、占いにまつわること、お知らせ、など更新しています。よろしくね。
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オーミチャー 9
オーミチャー 9
「は、はい……」
くすくすと他の連中が笑っていた。恐らく彼女らも同じような洗礼を浴びたに違いない。そして黙々と仕事をこなしてきたのだろうか? まったく先が見えない。ここの仕事は、なに――?
「ここがあんたの部屋だよ。綺麗に使いな」
「ありがとうございます」
「あたいが昨日掃除にしたんだ。部屋ん中きれいだろ?」
「はい。あの……、ここの仕事はなんですか?」
「ちっ! てめえ、物訊くときくらいマスクとったらどうなんだい?」
「すみません! い、いまとります……」
やよいは顔を隠している白いマスクを外した。女がぎょっとする。そうではなかった。こなれた感じがする。このひと、全然驚いていない……。どうして――?
「ふん! 風呂場と食堂を案内してやるよ。付いてきな」
「はい……」
なにかがおかしい。それはいったい――? オーミチャーは頭が混乱する。こんな気持ちは初めてだ。安堵感というか、安心感というか、なんだか初対面でこの親分みたいな女の人に好感を覚えている。どうして? こんなに怖い人なのに。不思議だと思った。女は通路を歩きながら話した。
「ここの仕事はな、ソープランド嬢ていうんだ。裸で男相手するんだよ。泡嬢しってるか? 石鹸とシャンプー使って男の体の上を滑るのさ。支配しているのはうちらのほう。客をひいひい言わしてやるのさ。あははは!」
「ソープランド嬢? わたし、なんにも聞いてません! そんなことするだなんて……。本当にやるんですか? その、裸で接客を……」
「やらなきゃだめだろう? あんた売られたんだから。何処から来たんだい?」
売られた? どういうこと? 施設はお金でわたしを売ったと言う事? そうなの? 訳が分からない。ねえ、茜。おしえて。そういうことなの?
”そうよ――。”
茜の声が懐かしいと思った。暫く出てきていないものだから、声が脳裏に響くとなんだか安心感すら覚えてしまう。わたしは一人ではないんだ。こうして茜が居るじゃない。でもちがう。彼女は敵よ。いいえ、味方でもあるわ。
きいてちょうだい、オーミチャー。あなたはね、食べられてしまうのだわ。そう、ぐちゃぐちゃの麻婆豆腐にされて。あばた顔のあなたですものね。お似合いよ。それでね、もっとよく聞いてちょうだい。あなたはもうこの世界から逃れられない。裏の世界からね。これが本当の世の中なのよ。分かっているかしら? あなたは逃げることで足を踏み入れたの。観てはいけない世界を。もう逃れることは許されない。もし逃れたとして、そのときは死を覚悟すべきだわ。なんて素敵なんでしょう♪ 思いっきりよく苦しみなさい♪
逃げたですって? それは心外だわ。逃げろと言ったのはあなたのほうじゃない! 何をいまさら。それにあの時逃れなかったとしても同じ麻婆豆腐じゃない! ふざけないで! わたしだって人間ですもの。犯されるのは御免よ。それよりもここは何だか居場所みたいなものを直感的に感じてるし、もしかしたら道が開けるかもしれない。だからね、だからわたしは耐えてみせる。なんだって襲い掛かるがいいわ。今に見てなさい!
そうよ、その調子♪ 負けを認めた時があなたの最期ですものね。せいぜい強がりを言っていると良いわ。もっと発しなさい。ほうらっ!
なんですって! あなたこそ感じちゃうくせに! 麻婆豆腐にされて性的興奮を得たいのはあなたではないかしら? そうなの? はっきり言いなさいよ! わたしの体を借りて性的欲求を満たしたいっていえばいいのよ。ほうら! いってみて。
言うわけないじゃないの。あなたは立場が分かっていないみたいね。あなたは下僕でわたしは神なのよ。聞きなさい、オーミチャー。あなたはただの麻婆豆腐でしかないの。普通は性的に感じるだけでもありがたいと思うのではないかしら?
「何をごちゃごちゃ独り言つぶやいてんだい? 出身はどこだってきいてんだろ!」
やよいは我に返った。
す、すみません! あ、あの、沖縄から来ました……。
ふん! 沖縄かい? 遠いところ、ご苦労なっこったな。で? なまえは? あだ名はなんて呼ばれてた?
は、はい、オーミチャーです……。
オーミチャー?
はい。
あっはっはっ! オーミチャーか。けったいな名だなぁ。あたいは明美。みんなにはリーダーって呼ばれてる。
は、はい!
返事はもっとはっきり言いな!
はいっ! リーダー!
よし、それでいいんだよ。こい、仲間紹介してやる。
自己紹介された名前など憶えてはいない。はっきりとしたのは、売られたことと、これから裸で接客するということだけ。それ以外は記憶が吹っ飛んでしまっていた。仕方のないことだ。リーダーは同情した。しなかった。いいか? これからはな、孤独との戦い。本当の闇と戦うんだ。分からなくてもいずれ気づく。結局、金なのさ。この世はな、金でどうだってできるんだよ。だから、ひたすら稼ぐことだけ考えな。悲しさの涙なんか捨てちまえってもんよ。大金拵えてとっとと辞めちまえばいいだけのはなしなのさ! いずれ見返しな。金がありゃよ、見下すことだって後からできるんだ。きっと、いい眺めだぜ。だけどな、オーミチャー。死ぬことだけは考えるな。おめえにだって希望はあるんだからよ。
それから一週間、やよいは徹底指導を受けた。二週間後からは本番だ。できるか? と言われてもやるしかなかった。進む道しか残されていなかった。用意されていなかった。
がむしゃらに働いた。客のペニスを裸体を膀胱を舌でなめまわした。咥えまくった。
仕事を終えるころには膣がひりひりとして痛かった。
やがて皮が厚くなるとすっかり感じなくなっていた。挿入されても気持ちよくないのだ。
こわいのは性病だ。とにかくコンドームを徹底した。
ピルも飲む。妊娠などできない。したくはない。
客はやよいの顔面など気にしていない様子なのがよかった。皆、身体さえよければ構わないのである。当初はマスクをかぶるか? などと男の指導員へいわれたのだが、それでは客も喜ばないだろうと別の男に却下された。ひどいあばた顔のアクメ顔も受けがよかったのだ。非常に乱れている世界である。裏の世界というものが、やよいにとってこんなにも居心地がいいとはまさか思いもよらなかったことだから、彼女はどんどん淫らになってゆく自身に対して真の快楽を感じていたし、悦び。
声もひどいガラガラ声だ。それでも客はもっと叫び狂えとアナルセックスをした。変形プレイをした。変態性交を楽しんだ。狂えば狂うほどに壊れてゆく理性というやつは、まるでガラス細工のようにもろかった。
仲間内とも仲良くやれた。何度かメンズバーへ連れて行ってもらい、大散財する彼女らを傍で見て怖いとも思った。だけども楽しい。なんなのだろうか? この裏の世界は表にはない輝きがあるのである。ドブネズミしかいないこの世界。ひどく悪臭を放つこの世界。それが逆に気持ちよかった。清々した。
オーミチャー、あなたってたのしいの? 満足なのかしら? 茜が言う。
ふん! わたしはね、大人になっただけよ。あなたこそもうじき大人になったらどうかしら?
言わせておけば吠えるじゃない? いい? オーミチャー。あなたがいるここは天国でもなんでもないわ。地獄の三丁目にすぎないのよ。あなたはね、これから徐々に苦しんでいくのだわ。男がほしいですって? そんなわがままが通るわけないじゃないの。いい? オーミチャー。あなたの恋人はソープランドへ訪れる客のみ。あなた目当てで来る男だけなの。それがどういうことが知ってるかしら? こたえはね、皆、低辺ということ。最悪な人間しかいないのよ。それで悦びを感じるだなんて、あなたも相当、最悪なのよ。いいかしら? あなたはわたしがいて初めてお姫様なの。美女である茜がね。おわかりかしら?
ふん! 今に見てなさい。オーミチャーオーミチャー言うけれど、あなただって何かあだ名があったはずよ。聞いてなかったわね? 教えなさいよ! ほうらっ!
生意気言う子ね。いいかしら? 茜というわたしは神なのよ。あなたは馬糞ウニ。ウニのウン子なのよ。あっはっはっ! うん子ちゃん♪ あなたって本当に言葉がくさいわ。完全に臭ってるじゃない。いいかしら? おだまりなさいな。あなたは黙々と作業をこなしていれば結構なのよ。ソープランド嬢をね。せいぜい楽しみなさい。
ちょっとまって! 消えないで。茜、わたしは……、わたしには未来がないの? あるでしょ? この先があるって言いなさいよ!
あら? そんなに知りたいのかしら?
ええ、おしえて。
それじゃあ少しだけ話すわね。しっかりおききなさい。あなたはね、死ぬの。死んでしまうのよ。
死ぬ? 死ぬって、いつかは人間死んでしまうじゃないのかしら? そんなの答えになっていないじゃないの! いい加減ふざけるのはやめて。わたしは真剣に聞いているのだから。それで、死ぬって、いつ?
茜は消えていた。
もう! どうして肝心な時にいなくなっちゃうの? あなたって本当にひどい人。最低な女だわ。
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