オーミチャー 11

 オーミチャー 11

 まって、今書いてあげる。

 ボールペンをバッグから取り出してから名刺へ番号を付け足した。

 これがわたしの寮のピンク電話よ。掛けるときは、わたしを呼び出して。オーミチャーで通じるわ。

 ああ、わかった。

「とりあえず、何かご飯食べに行きましょう。外に出れる?」

「勘弁してくれ。今日は無理なんだ」

「どうして?」

「そういうことは前もって連絡入れとかないとならねえんだ」

 そのならねえんだ。ということばに、嗚呼、この世界へ入ってしまったのね。と、悲しく感じた。

 分かったわ……。今日はもう帰るね。わたしについてほかに何か聞きたいこととかある? 仕事の話はなしよ。ろくでもないことしてるから。

 そんなのわかってるよ。店の名前知ってるんだ。新宿と池袋にもその店舗あるんだよ。

 そう……

 寮を後にする。新宿駅へ。いろいろ買い物もしてみた。新宿のお土産といえばなんだろう? 少し考える。寮の女たちへの土産だ。なにがいい? 結果、買わないことにした。いろいろある。どれが好きでどれが嫌いか? それは酒が入っているかないかの違いだけ。くだらない。おもう。シャブ漬けの彼女へは何がいいかしら? シンナー? 大麻タバコ? ヘロイン? それともコカインかしら? くだらなすぎた。

 銀杏の木を過ぎゆき寮へと着く。今夜はもうとっくに寝ていたかったのに。後悔だけが押し寄せた。その後悔とはなんのこと? トンミーのこと? お土産のこと? 右翼組織のこと? わからない。もうめちゃくちゃにはちきれそう。精神が持ちそうにない。

 思わず冷蔵庫から缶ビールを抜き出してから飲んだ。喉越しが最高だ。瓶ならもっとよかったのに。とりあえず後悔とは、このことにしておこう。そうだ、それがいいわね。

 シャワー室へ行く。汗を流した。お湯はぬるめの四十度。バスはあるが使われていない。とても汚れていたものだから使う気になれなかった。

 夕ご飯はどうしようかしら? 何も食べてなかったわね。

 寝ましょう。明日がまた来るから。

 お客様いらっしゃいませ。おしゃぶりをしてよろしいですか――? 

 嗚呼、狂ってる。狂った毎日だ。いつまで自分はこんなところにいるのかしら? ふと頭をよぎる。どうだっていいじゃない。そういえば、茜が出てこなかった。出てきてもおかしくはなかったのに。

 どういうことなの? 

 しらないわよ。どうでもいいことは、こんなことにも言えることね。

 あら? 駄洒落だったかしら? ウフフ 

 わたしも面白い女ね。

 夢を見る。どんな夢だろうか? 自分でもわからなかった。

 この夢はなんですか? 訳が分からない夢。めちゃくちゃな夢。断片的過ぎた夢。

 寝る。寝る。

 朝になった。きがつけば素っ裸になって眠っていた。夜中に脱いだのだろう。記憶にない。夢遊病かしら? 確かに酒は飲んだけれど、これくらいで酔うほど弱いわけじゃない。

 からっきしバージンではないのよ。

 わたしはプロ。プロの脱精屋なんだから。

 酒なんかあれじゃないのかしら? ただのジュースよ。

 そう、ジュースみたいなもの。

 もう慣れたしもっと強いお酒だって飲めるようになった。

 メンズクラブで? 

 そうよ。メンズクラブはいいわ。わたしみたいなあばた顔でも受け入れてくれるのだものね。それと客。そうソープランドの客のことよ。彼らも顔は関係なく抱きついてくる。わたしは体つきに関しては完璧だものね。当然かもしれないわ。でもね、わからないの。

 なにが? 

 わたしは何なんだろうということ。それだけが謎なの。

 そう、それならドラッグでもやってなさいな。

 そんな意地悪言わないで。

 やよいは気が付いた。いつのまにか茜と会話を交わしているということに。

 あかね? 茜なの? 

 あら? 今頃お気づきかしら? なんて朝なのかしらねぇ? あなたの愚痴を聞く側になるだなんて、呪った者の立場としては台無しもいいとこだわ。

 何をいまさら……

 今日から夜勤に戻る。昨日だけ特別だった。もうしばらくは日勤をさせてもらえないだろう。亭主持ちの女どもに譲る気持ちが必要ですものね。

 ところで、今日の朝食は? 

 あら、やだ。何にも用意していなかった。

 寮の朝食を取ればいいのではないかしら? あら、そうだった。あなたは節約と言ってそれを断っているのだっけ? 二百八十円も払えないだなんてなんてけち臭いのかしら? それに自炊したほうがお金を使うというものよ。

 外着着替えてからコンビニエンスストアーへ。野菜ジュースだけを購入して店を出た。商売柄、ダイエットには常々気を使わなければならない。

 だってわたしの体は商売道具ですものね。とうぜんだわ。

 朝の十時は表の街道も車の影がまばらだ。渋滞のピークはとうに過ぎている。歩道は犬の散歩をするもの、ウォーキングをするものとで殺風景というわけではない。前を向いて歩かなければ肩にぶつかる恐れがあった。

 十分ほどで寮につく。本当は自転車を使いたいのだが、以前、警官に止められて盗難届等の確認がてら職務質問されたことがあったものだから嫌気がさしていた。じっさいに寮の駐輪場には盗難車がいくつも止められていた。盗難された腹いせに盗難仕返すのだ。それが東京のやり方だった。流儀というやつだ。

 ホールで談笑する仲間たちがちやほや見えた。寮の人間はほとんど夜勤専属である。それらを通り越して部屋入る。そのとき。茜が脳裏へ出てきた。お化けみたいな女。思った。でも、実際幽霊ですものね。おかしいわ、幽霊なのに形が見えないだなんて。それもそうよ、呪い移っているんですもの。馬鹿な幽霊さん。このわたしに呪い移るなんて今頃後悔しても遅いんだから。

 オーミチャー、そろそろ抜け出してみない? 

 え? なにをいっているの? わたしは売られたのよ。

 もういいでしょう? じゅうぶん働いたわ。そうでしょ? 

 ええ、確かにいっぱい抱かれてきたし……。でも、ここには居場所を感じているの。なんだか落ち着くのよ。

 東京へ来てよかったと思ってるの? 

 結論としてはそうよ。

 そう、それなら勝手にするがいいわ。あなたはね、これから恐ろしいことになるのよ。覚悟しなさい。

 覚悟も何も最初来た時から覚悟は決めているし、あなたの予言も当らなくなってきているのではないのかしら? 

 なんですって? わたしを馬鹿にするのは百年早くってよ!

「何さっきからぼそぼそ独り言ってるんだい!」

 リーダーの声が部屋中に響く。やよいは我に返った。

「リ、リーダー! いつの間にお入りになったのですか?」

「いつのまにおはいりになったのですか? じゃねえよ! お嬢様かよ! あたいはね、あんたのそういうところが大嫌いなんだよ!」

「ご、ごめんなさい! すみませんでした!」

「ふん!」

「あの……、御用は?」

「まぁた! ちっ! まあいいけどよ。いい加減なじめよ。あんたは人身売買された身なんだってことを、低辺族なんだってことを!」

「すみません!」

「それで? 出ていくのか?」

「聞いてたんですか!」

「いやでも聞こえたんだよ!」

「ごめんささい!」

「んで? あんたの借金は後いくらだい?」

「借金?」

「うちが買った代金だよ! あんた、番頭に何も相談してないのか? あきれたやつだなぁ。そんなことも知らないやつが出ていくなんて、命がいくつあっても足らねえんじゃねえか? おう!」

「そ、そんなこといわれても……

 きな! 

 あ、あの、どこに? 

 番頭へ電話かけるんだよ! あたいが直で聞いてみるから、となりで立ってな! 

 は、はい……

 二人は部屋を出てピンク電話へ向かった。

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