運玉ギルー 10

 運玉ギルー 10

んだか分かりませんが只々申し訳なくて頭を掻きながら書斎へあがりこみます。

 正座で座れ。注意を受けながら膝待付で座ります。

「門番のギルーよ、今のお手当は幾らだ?」

 え? 給与の話か? 少しだけ安心しましたよ。へえ、三十文ですが? それがなにか関係あるんで? 

 少ないのう……。たしか母親の面倒を見ているとか? 

 いえ、めっそうもない! おいらが面倒見てもらっている始末でして。

 暮らしはまともなのか? 

 なにがで? 

 普通にやって行けるだけの蓄えはあるのかと聞いておるのじゃよ。

 ああ、そういうことですか。いや、あいかわらず貧乏暮らしでさ。生まれたころに比べりゃだいぶましにはなったんですがね。なにしろ京が閉国ときいてやす。まともではないですわ。

 ふむふむ……

「そろそろからてぃー(空手)も腕を上げただろう? それから学問。どうじゃ?」

「いえいえ、めっそうもありゃしません。まだまだ未熟者です」

「謙虚よのう……

「あの……。それで、お手当は上がるんで?」

「うむ。それなのだがな。若頭になれば、のう……

「番頭ですか? それなら任してください! 力比べならだれにも負けやしませんきに」

「力比べだけでは頭になれないのだぞ。上に立つには頭も必要なのじゃよ」

 ちっ――! 思うけれども、今すぐにどうにかなることではありませんものね。ギルーは肩を落として一気に落胆してしまいましたよ。消沈というやつです。

 おいらだってよぅ、学問頑張ってるんだぜ? そりゃあ一生懸命さ。だけどよう、頭の味噌が足らねえみたいで、どうにもなんねえ。右から流して左に出るならまだしも、右から流して右鼻から出ちまうんだもんなぁ。全く学問ってやつは厄介な代物だぜ。

「はっはっはっ! おい、ギルー! どうせお前ががんばったところで無駄無駄。そんなことより番人としての役割に精を出すこったぜ。なあに、年功序列でお手当は自然上がるさ! 大丈夫、大丈夫」

 門番の相方に相談したおいらが間違ってたぜ。くそっ……。おいらはな、どうしても上へあがりてえんだ。何が楽しくて門番でてめえ(自分)の人生終いにならなきゃなんねえんだ? おいらは役人になりてえんだ。そう、どうしても役人にならなきゃなんねえ。京へ行く夢だってあるさ! そりゃあ今すぐに飛んで行きてえよ。

「京へ行きたいだって? そんな無茶苦茶な! 泥棒にでもなるってのかい? それならいつでも京へいけるぞ。わっはっはっはっ! ギルーが盗賊だってよ! こいつはお似合いすぎていいってもんだぜ。わっはっはっ!」

 盗賊だと――? 一瞬何かが閃きますが、それもつかの間。さっそく暗闇の中から獲物(忍者っぽい恰好で)たちが訪れますよ。こんやもひと暴れしてしまってストレス解消でしょうかねぇ? うっぷんを晴らすにはもってこいです。めでたし、めでたし。おや? まだ終わるわけにはいきませんでしたねぇ。これまた失礼いたしましたよ。

 あくる日の昼下がりの事でした。今日といえば、ギルーは非番で久しぶりの休日ですよ。

朝からぐうたら過ごせる日でもありました。そうでもありません。おっかさんの畑仕事の手伝いがあります。

 おっかさんは明星のあるうちから起床して水を汲みに井戸へ出かけてゆきますよ。その手伝いから今朝は始まりました。

 夜番明けのギルーにとって少々堪えてしまいますが、なんのその。自慢の腕っ節でおっかさんに水桶を一切持たせません。それどころかおんぶまでしてしまいます。それはやりすぎです、言いすぎでした。そんなことは、ない、ない。おっかさんはまだまだ一人で歩けます。骨の丈夫なおっかさんこそギルーをよいこらしょっとしたのではないですか? それも言いすぎですねぇ。

 昼下がりの話でした。

「おい、ギルーよ。畑の手伝いはもういいから揚げ豆腐一丁買って来ておくれ」

「もういいのか? 夕方まで手伝うど?」

 よかよか、あたしゃもうつかれたでなぁ。そろそろ帰んべ思ってただ。

 なんだ、そうか。それじゃあ行ってくんべ。

 気を付けてなぁ。

 分かってる。

 くれぐれも躓かんようになぁ、この前みたいに泥んこ厚揚げは御免だど? 洗うのに水をたくさん使っちまうでなぁ。

 分かってるって! 

 本当に気を付けておくれよう。

「まったく、いつの間にかうるせえ糞婆になっちまってからに……。そろそろおっかあも年だなぁ……。お手当何とかしなくっちゃなあ……

 独り言をぶつぶつつぶやいても仕方ありませんよぅ。とにかくとりあえずは厚揚げを無事に持ち帰ることです。ギルーはふつふつと使命感の様な士気が高まりました。そうでもない。たかだか厚揚げごときでそうなるはずもありませんでした。しかしながら食糧難な時代です。厚揚げと言っても庶民にとってみればありがたい存在。栄養価も抜群ですしねぇ。

 運玉森には川がありません。ですから川沿いを下るということではなくてですね。丘の中腹にある畑から町へ出るには、白い穂を束ねるススキの伸びたとても細い藪道を歩きますよ。その小道は土質むきだした端々が泥んこのような代物でしてね、ススキの葉で作ったわらじをはくギルーにとってはとてもとてもつるりんとすべってなりませんでした。いざ転ぶと頭からごっつんですよ。痛い痛いたんこぶがぷっくらと膨らんでしまいます。ギルーの髪の毛は一メートルほどありましてね、それを頭のてっぺんで巻いているものですから痛くないと思いでしょう? それがたまらなく痛いのですよ。

 町へ出ると道には多量の砂が撒かれていてですね、土質が多少異なっているのを草鞋の感触から察せます。

 あらまっ! 一気につるりんこしなくなったでねえか! うんだうんだ。

 出来れば砂利の方がよいのですがね、この時代には高級の代物で寂れた町にはまだ撒かれていないのです。琉球は地方の治水工事をしない国としても有名でしてね。都である首里まで行かないと綺麗な道や用水路は拝めなかったのですよ。

 さてさて、いよいよ目的の豆腐屋のある屋台へ到着です。

 屋台の屋根にはお決まりの赤提灯。それから笛吹きもいましたよ。ハーメルンではないですけれどもね、豆腐屋を注目させるための手段として用いられておりました。屋台の骨組みはもちろん木製ですよ。油鍋は木製とはいきませんしねぇ、ちゃんとした鉄製でした。しかも焼かれているやつです。鉄は一回焼かないと柔らかく仕上がってしまってしょうがないのですよ。

「おい! ボージャー(坊主)! 今日も余った油啜ってるのか?」

「へいぃ、この黒く濁った古い油が、品を揚げた味が染みてて一番うまいんでぇぇ」

 ほんとうに頭のおかしなやつだなぁ、アンダクエーボージャー(油食いの坊主)よ。てめえ言っとくがなぁ、豆腐屋んところの商売の邪魔なんだよ! いいかげんきづけやぁ! 

 はいぃぃ! すみませんでげすぅ! まっことかんにんしておくんなましぃ!

 田舎にはこういった乞食のような奴といっぱしのヤクザもんをよく見かけましたよ。ギルーだってずっと昔からそう言った光景を目の当たりにしてきた一人ですしねぇ。おっと、今日は仲裁に入るのが遅いんではないですか? ギルーさんよ。どうしたどうした?

「てめえの頭に小便掛けてやるよ! それとこの古くさった油にもなぁ!」

「かんにんしておくんなましぃぃ!」

 ヤクザ者は極太のペニスを取り出すと膝待付いているボージャーの頭めがけて黄色い小便を思い切りよく飛ばしまくりました。それから古くさった油へもありったけ注ぎます。

 ほうれ! ボージャーよ、小便油を飲んで魅せろや! こらぁ! 早く飲めよ! 

 はいぃぃ! かんにんしておくんなましぃ! かんにんしておくんなましぃ! 南無南無……! 

 桶の中へ入った冷めている古い黒こげ油に黄色い小便が乗っかると酷い悪臭を伴いまして、しかしながらボージャーはそれを、涙を流しつつ、ひっぐひっぐ言いながら、ぜんぶ啜って見せましたよ。 

「どうだ? 美味かったか?」

「はいぃ! 凄いごちそうありがとうごぜえます……。ひっぐ……ひっぐ……

「ヤーはチューからシーバイボージャー(小便小僧)やさ! エー(おい)! シーバイ(小便)! わかったか? ヤーはシーバイボージャーどー(だぞ)!」

 まったくみてられん……

 ギルーは見かねて仲裁に入ります。おいっ――! 

 ふひゃぁ! こりゃあ、力自慢の番長であるギルーさんじゃねえですか! どうしたんで? 

 ちょっと厚揚げをな……もう勘弁してやれ。

 えっ? しかしですなぁ! 

 良いから離してやれ。

 ちょいと悪いですがねぇ、こいつのおとっつぁんとおっかさんが何しでかしたかご承知で? 

 そんなものはしらん! 早くどかねえとげんこつくらわすぞ。

 ひっひえぇ! ギルーのだんなぁ! しつれいいたしやしたぁ――! 

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