運タマギルー 11

 運タマギルー 11

 ヤクザ者は出したペニスを仕舞い込むとそそくさと逃げ帰ってしまいましたよ。

「おい、坊主。年いくつだ?」

「へ、へい! 十ばかりになりやす。ごかんべんを! うぃっぐ、うぃっぐ……

 かわいそうに……。おもう。十の頃の自分と言えばこんなにみじめではなかった。それを考えるといたたまれない気持ちになる。

 最初見かけた時は十五かそこらかと思っていた。

 しかし違ったのだな。まさかまだ十つだとは……

 苦労しすぎると表情がこけてしまって実年齢よりも老けこんで見えます。きっとそれだったのでしょうね。

「おい、豆腐屋の旦那よ。この坊主に厚揚げ半丁ゆずってやってくんねえか? なあに、代はわしが払ってやるきに。おい坊主、こいつもって帰っておっかさん喜ばしてやれ」

「うぃっぐ、うぃっぐ……。そいつはありがてえんですが、わての両親は京で盗み働きまして、それで役人にお縄やられてちまって、真玉橋で処刑されやして。もうこの世にいないんでげす、うぃっぐ、うぃっぐ……。わ、わては、このとおり住むところもない乞食で一人身なんでげす。もうぬすみははたらきません! ごかんべんをぉ! ゆるしてくだせえ! うぃっぐ、うぃっぐ……!」

 盗人でお縄だと? 

 真玉橋といえば首里にあるといわれている、生きては帰れないという人間梯子の極刑場じゃねえか――! なんてことなんだ……

 ギルーの焦点がぶれます。ゆらゆらと、だがしかし、ぼんやりと目に収まる光景というものは感じられました。いえ、感じるほど意識を向けていません。思考は脳の毛細を刺激しているわけですから。

 ギルーの脳みそは重病患者のように悪いのですが、緻密さと言えばそりゃあぎっしり詰まっておりましたよ。それもこれも豆腐のたんぱく質というやつです。それからそれから紅イモのビタミンとエネルギー。体中の筋肉だってそれらで成長したようなものですからね。

 彼は顎をあげてから上空を見つめましたよ。それからもう一度、なんてことなんだ……。心の中でつぶやきます。嗚呼、なんてことなんだ……

 本当にひどい酷い琉球末期時代の話です。昔はこんなんではなかったというから信じられませんでした。あちらこちらに金脈があり、海を泳げば赤サンゴ群。それはそれは豊かな国だったそうですね。日本の童話で浦島太郎がありますが、その話にある竜宮城とは琉球城のことを指していたのですよ。琉球のことを中国語のなまりでリュウクウと呼びました。琉球の人々も琉球のことをリュウクウといっていたのだそう。それ(その発音)に濁点を付けて詰まらせたのがリュウグウなのです。その童話には遥かなたの竜宮城は金銀財宝山盛りで食事も贅沢品ばかりだったと書かれています。それは実話として受け継いでもよいくらいに本当の話なんですよ。はるか昔の琉球は資産が豊富だったのです。それが尽きてしまうと閉国もやむなくなり人々は生きるか死ぬかの瀬戸際へと追い込まれましたよ。それが琉球王国の歴史なのですよ。ひじょうに残念なお話でした。話すべきではなかったのかもしれませんねぇ。さてさて、ギルーはそんな事言ってられませんよ。今を生きるにはどうしたらよいのか? それすらままならない時代に生きて居ります。ちばらんねーならんどー(踏ん張らないと駄目だぞ)。

「おい、坊主。俺についてこい」

「へっ? 旦那様についてくるんで?」

 そうだ、ほれ、厚揚げ半丁とっとと食っちまいな。食ったら行くぞ、家で面倒見てやる。

 へっ? わしを面倒見てくれるんで? 

 そうだ。坊主、明日から畑仕事の手伝いが待っているぞ。覚悟するこったな。

 へぃぃ! ありがとうごぜえやす! ありがとうごぜえやすぅ! この恩は一生忘れませんきにぃ! ありがとうごぜえやすぅ! 

 ギルーは思いましたよ。本当に大丈夫だろうか? この幼気なく厚揚げを噛り付く坊主を見つめながら思考は再び頭の世界へ入り込む。目の焦点がぶれる。風が吹いた。冷たい風が頭の世界で吹いたのです。それは覚めた幻影でした。おっかあの死期についてのあれやこれといった心配事ですよ。それが光の映像となって世界を征服しているのです。いっぱいいっぱいでした。まんべんなく死期のお知らせを伝えているのです。それはだれが? いったい誰が知らせているというのだろうか? わかりません。世の中に理解できない現象と言ったものは多数存在しますからね。ほら、ユフォーだって一緒のようなものでしょう? 

 ギルーは訳が分からなくなり、思わず舌打ちをしました。ちっ! するとどうでしょう? これまでの人生で一体どこで確認したというのか? それはたいそう綺麗な女の子を思い浮かべましたよ。

 年は確か……

 なぜだ? 何故におれは分かるのだ? 何故にこの女の年を知っている? 

 やはりわかりません。

 本当にけったいな格好をした女だ。もしや化け物か何かか? この女狐め! こうしてくれる! 

 女の衣をはぎ取ろうとします。

 い、いやぁ――! やめてぇ――! 

 名を申せ! 名を申さぬか! ほうれっ! もっともっと恥ずかしい目にあわしてやろうか? どうした? 名を申せといっておろう! 

 わ、わたしのなまえはベッキー。ベッキーと言います! おねがい! もう許してぇ――! 

 我に返る。

 ここは豆腐屋の屋台。奇妙な妄想をしてしまったな……。さあ、ゆこうか。坊主よ。

 豆腐屋には木の格子で囲った換気窓がありましてね。そのそばに屋台が突きだしてあるのですが、去り際にその小窓を見やると、ソテツの葉で作られた風車が飾りっ気なしにひとつ、くるくる回っておりました。

 風情よのう……。こんなにも貧しい世の中であるにもかかわらず、幼子たちはこうしてソテツ遊びをしている。おそらくはそうだろう。大人たちはソテツで飾り物を作ることをしない。教える身だ。ギルーは考えると、なんだかこの世に得体のしれない底力を感じました。幼子は逞しいとさえ思ったのです。疲弊しきっているのは幼子よりも飯の量がおとなぶん多い自分たちのほうなのかもしれない。恥ずかしくなる気持ちがこころを支配しましたよ。

 この子供はどうだ? 

 アンダクエーボージャーの表情を確認します。すると、奴は垢だらけの皮膚から満面の笑みを浮かべてこちらを見やった。それがなんだかおかしくて、ギルーはおもわず微笑する。

 ふっふっふっ……

 決して大笑いなどするものか。懸命にこらえました。

 だんなさま、どうしたんでげすか? 

 ふわっと歯垢のたまった歯茎の臭いにおいが鼻を突く。我慢できなかった。

 わっはっはっ! 

 ギルーは大声を出して笑いましたよ。

 いっひっひっ! 

 ボージャーもなんだかうれしくなったようで一緒に笑う。

 わっはっはっはっ! うんうん、坊主、おぬしは面白い。愉快じゃな愉快じゃな。わっはっはっ! 

 それはそれは、どうもすみません! いっひっひっ! 

 ギルーはボージャーの肩をポンポンと軽く叩く。「さて、おっかあが待っている。共に帰るぞ、ボージャー」少しだけ士気を高鳴らせた表情へ切り替えると、ふたりは町はずれへ向けて歩き出したのでした。

「おい、ボージャー。そう言えば名前を聞いていなかったな?」

 へ? わての名前でげすか? 

 そうだ。本当の名前は何という? まさかボージャーというわけではないだろう? 

 それが……。わては、わては……

 どうした? まさか自分の名前を知らんのか? 

 へ、へえ……、どういうわけだか……、どういうわけだかでげすね、どうもおかしなことに、あっしはあっしだけのことについて何にも思い出せないんでげす。

 なんだと? 貴様、記憶喪失か? 

 きおくそうしつ? 

 その説明はなしだ。しかし、かわいそうに……。不幸が続いて脳天がやられちまってたんだな……。ほんとうになんてことだ……

「あっしはボージャーと呼ばれるのに馴染んでるんで」

「俺の事は知っているのか?」

「そりゃあもう、この町で知らないものなどいやしやせんよ、ギルーの旦那様!」

「旦那様は余計だ。これからは兄貴と呼べばいい。ボージャーと兄貴の関係だ」

「へぃぃぃ!」

 今夜は肉鍋になると良いのだけどな……。ギルーは思います。けれどもおっかさんは年のせいで疲れているみたいだし、仕掛けを覗きに森へ入っては行かないだろう。

 玉森を遠目で観やると、なんだかおっかさんの大声が聞こえてきそうな気がしましたよ。

 おいっ! ギルーや! 今夜は肉鍋だぞ! はやくかえってきんしゃい! 

――此処がわしの家だ。はいれ」

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