運タマギルー 18

 運タマギルー 18

 次の日のクリスマスイブ。学校で浩二君と言葉を交わすことはなかったけれど、心は今でも温い。火照っている。

 何故、浩二君は突飛にキスをしたのかは果たして知らない。けれども、散らばった心を一つにしてくれたような気がして嬉しかった。

 でも、きょうは一言でもよいから話をしたかったな……

 学校帰りに考えてみる。そもそも、なぜに会話を交わさなかったのだろう? この無意識に起こる拒絶反応の真意とは一体――

 学君。そうよ、学君がいるからだわ。それ以外に何があるっていうのかしら? けれどもちょっとまって。それじゃあ、わたしはどうしてキスを許したの? しかも長い時間しちゃって……。それは浩二君を受け入れたと言うしるしでもあるのではないの? そうでしょう? わたし。

 いいえ、ちがうのよ。現実は異なるの。そうよ、きっとこれは夢なのだわ。ほんとうは、ほんとうのところは、学君と居たあの噴水広場から一時も経過してはいない。あの時気を失ったままこの世界へ誘われてしまったのよ。そう、全ては幻だったの。そうでしょう? マリヤ様。うそよっ! 幻だってお言いなさいな! さあ! さあ!

 嗚呼、これは、あれは、現実の出来事だったのね……。ならばどうすれば良いっていうの? これじゃあんまりじゃない! なによ! マリヤ様だって人でなしじゃない! もうわかりました。もうしりません。

 そうよ、学君とのことはおままごとみたいなものだったの。美談? 何とでもいうがいいわ。本当のところは、わたし、捨てられただけの話でしょう? 違うっていうのかしら? 只のお遊びよ。彼からしたらわたしなんてそこら辺のテーブルにあるティシュペーパーのようなものなの。鼻をかんでおしまい。只のやり捨てよ。それを美談で語るわたしはどうかしているのではないのかしら? いいえ、ちがう。美談にして傷を少しでも小さくしようと必死なのよ。そうでなければどうにかなっちゃうじゃない? 心が、精神が。

 ジングルベルジングルベル。今夜一たび眠ってしまえばメリークリスマス。

 その前に眠れるわけがあって? 自問してみる。

 考えないようにしなければ。こころを無にするのよ。そうしてまぶたに力を入れることもなく、脳へ力を入れることもなく、深い眠りへと着くの。そうね、今夜の夢は何かしら? 何かこう特別なものをみたい。正夢というやつを、デジャブというやつを――

 ――嗚呼、この世界はとても華やかね。そうでもない。実に殺風景だ。ねえ、どうして? どうしてわたしはこの森の中にいるの? ススキの葉がのびに伸びていて向こう側が見えやしない。確かに海があるはずよ。だってそのような香りがするのだものね。潮の匂いがするの。ほら、音だって聞こえる。かすかに、たしかに。さざ波の音がこちらまで届いている。さあ、道を開きましょう。でも、どうやって? 踏み倒すのよ。ススキ群をかき分けて踏み倒して前へ進むの。それってあたかも人生のようだわ。不思議なものね、こんなところで人生観を学だなんて。本当のところはそれどころではないでしょう? どうしてわたしはこんなに沈着冷静なのかしら? この世界が夢だから? いいえ、これは現実の世界でしょうね。だってこのような夢は生まれて初めての経験ですもの。五感で感じているのよ。なにもかもを。情景を。果たしてこの世界に明日だなんてあるのかしらね? なんだかもう二度とこの真昼間の世界から抜け出せないような気がするの。だってそうでしょう? 嗚呼、嗚呼。ねえ、マリヤ様。わたし、この夢のような現実の世界で何かを探さなきゃダメなのですね? そう、誰かに逢うのよ。それはいつ? もうじきわかることだわ。さあ、夢の続きを観ましょうか――

 

 

 季節は春先の事ですよ。それはそれは夜更け過ぎの事でした。

 満月の月明かりによって漆黒の闇夜は免れています。それでも時代は昔々の大昔ですから、今の時代のように街灯やら摩天楼などは当然ありませんので、そりゃあ、あっちらこっちら化け物が出てきそうなくらいに物騒な闇夜ですよ。

 近辺の音は実にしんとしていて、遠くの向こうから届いてくるのは、ヒューヒューとした浜風と、シャーとしたさざ波の自然音のみです。

 泣き声を押し殺しているのはギルー。アンダーの方はといえば、晩飯の事とおっかさんの事と兄貴のことで脳みそがチャンプルー(混ぜもの)状態でした。さあ、困った困った。兄貴に何と慰めの言葉を述べればよいのやら。それにしても安らかな死に顔をしているでげすなぁ。腹も減っているし、とりあえず飯にしてくんなさりませんかね? 

「アンダー、腹減っているだろう? 飯の続きをしよう。おっかさんがせっかく作った飯だ。いいか? 最期のめしだぞ。味わって食え。埋葬は明日の朝からだ」

「へ、へい!」

 ギルーは、ぼろぼろ涙を流しながら、それでも泣き声を一つこぼさずがつがつと飯を食べておりますよ。それをみてアンダーのほうも味わって食うと言うのをやめてがつがつと今夜のごちそうを平らげました。

「あ、あにき! おっかさんの分はどうしやしょう?」

「お前が食えと言いたいが、おっかさん最期のめしだ。ひとり息子のわしが食わんでどうする? どれ……

 豪快に口を大きく開けてから、汁ものを一気に流し込むギルー。力瘤がまた一つ大きくなりましたよ。見事な食べっぷりでげした、あにき! アンダーが言いますと、ギルーは、な、なんのこれしき。べ、別に珍しくもなんともないわい。 返します。しかし、抑えつけている涙が一向に治まりません。彼は下へうつむいてから、利き指で鼻水を弾きましたよ。それから確かに聞こえてくるのです。

 ひっぐ、ひっぐ……。さ、最期のめしくらい、たんと味わって食うべきだったかのう……? ひっぐ、ひっぐ……。なあ、アンダーよ……。ひっぐ、ひっぐ……

 あらまあ、ギルーはとうとう声を出して泣いているではありませんか。見かねたアンダーは叫ぶように言います。

 あにきぃ! お気持ちぃ! お気持ちぃ! お察ししやすでげすぅ……! 

 此処は此方は、漆黒の闇夜に明かりが灯る藁ぶきの家。大の男二人が声を出して泣き叫ぶ涙の夜なのでした。

 丑三つ時のしんとした暗闇も、小鳥たちのさえずりと共に光りの気配を感じてまいりますよ。ちゅんちゅんと大合唱をしているのは木々の枝枝に潜むスズメです。やがてそれらは草むらのバッタを追いかけました。ギルーもアンダーも早起きにはなれておりまして、朝一から水汲みに井戸へ向かっておりましたよ。

 おっかさんは囲炉裏のそばで横たわっておりまして、両方の手を組み、目を瞑っております。水を汲みに家を出るとき、ギルーはおもわず言いました。おっかあは寝ててくれ。俺とアンダーで水汲み行ってくるからよぅ。もはや涙は枯れており、一粒たりともこぼしてはおりません。逞しさというよりも勇ましさ的な士気が高まっておりました。これからはおっかさんなしで世の中を渡ってゆかなければならない。とてもとても勇気のいることですよ。

 囲炉裏の中では朝ごはんの紅イモを温めております。火を起こしたまま出かけるわけにもいかず、炭火状態で焼き芋というやつでした。水汲みから帰ってくればようやくそいつにありつけると言うわけです。ギルーは紅イモ三本。アンダーは二本。なるたけ太いやつを選んでおきましたよ。

 さあ、すたこらさっさのどっこいしょ どっこいしょのすたこらさっさ 

 悲しんでばかりもいられない時代のはなしです。今この時を一生懸命に生きなければならない時代のはなしですよ。おっかさんの死を片隅に残して、今は水汲みのことを精一杯せねばなりません。とても力のいる仕事でした。

「あ、あにきぃ! わて、まだ慣れてないんで、少し休憩させて下せえ!」

「仕方のない奴め、どうれ? おやや、半分もこぼしておろう。本当にどうしようもないやつだ。しかしなあ、もう井戸から遠いけんの。戻るわけにもいかんし、これ以上こぼさないよう気を付けてくれい」

「へいぃ! そ、それで? 休ましておくんなまし?」

「うむ、まだ林から抜けておらんが、ここで少し休憩じゃ」

「やぶ蚊が寄ってくるまでには回復しやすんで! おおきにぃ!」

 やれやれと腰を下ろすと、今度は恨めしそうに水桶の中の水をじーっと見つめているアンダー。仕方のないやつだ。ギルーは思い、飲むのは良いが、少しだけだぞ。と言いましたよ。

 あ、あにきー! 何処から何処まで、ご迷惑おかけしやすぅ! そ、それでは、さっそく……

 桶に口を当てて水を啜るアンダーを眺めてから、表情を緩くするギルー姿がこの時にはいたのでした。

 今日は一日の中でやらねばならないことが山積みのようにしてあります。ギルーはそれらをひとつひとつ整理してみました。これまでおっかさんがしてくれていたことも含めてです。ほんとうに世話になっていたのだな……。感慨深く表情を硬くすると彼の形相に大人ともいうべき影が出来ましたよ。

さて、そろそろゆこうか

 どっこいしょ こらせっせ どっこいしょ こらせっせ

 おれたちおれたち、ギルー一家。一家と言っても二人しかおらんがな。さあ、ゆこうか? アンダーよ。明日を目指して。今日を逞しく。前に進みやんせぇー

 どっこいしょ こらせっせ どっこいしょ こらせっせ

 やぶ蚊は退治だ、ぺっちゃんこ。どれどれ、アンダーよ。こんなに刺されてみっともないやつだ。よっぽどおまえの油臭さが酷いと言うものだろう。きばりやんせ、きばりやん

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