愛するということ 3

 した様に外へと一目散に逃げ出す。逃げる方向が学と同じだと言う事を確認した店主は、店に戻って黒電話の受話器を耳に当て直し、電話向こうに居る警察官へぼやいた。

「まったく、またグループでの万引きでしたよ。これで今年に入って四件目だ」

 秘密基地に戻った兄弟は皆、笑顔。それはまるで昨日の悪夢が存在しなかった様に土色の表情はとても明るかった。

 大分温くなった缶ジュースの蓋を学が開けた。飲み物が窮屈な入れ物から爆発するように学の顔面目掛けて噴出した。兄弟は皆、思い切り良く笑い転げた。

 パンは豊の命令により、一回の食事辺り一つだけを四つに割って食べた。勿論、それだけで空腹は満たされない。水に関しては、まるで土地を持余した様な公園が幸運にもあった為、そこで喉の渇きは数回癒された。

 そろそろ時刻は夕方を指している。

 皆が唾を飲み込んでいる前で残る最後の菓子パンの袋を豊が開けた。その時

「おい、君達。ここで何をやってるのかな

 濃い青色の制服と帽子をまとった大人二名がこちらへ歩み寄ってきた。警察だ。

 もう既に逃げ切れる距離ではなかった。兄弟は瞬時に硬直し微動たりとも動けなくなる。いや、空腹と昨夜からの絶望感から動けなかった。

「その菓子パン……。今日、上間商店で盗みを働いたのは君達だね

 兄弟は口を割らなかった。

「怒ったりしないから。君達、名前はなんていうのかな

 一人の警察官が優しく訊いてきた。途端、静けさだけが辺りに漂う。

 沈黙を解く様に、豊が小声で名乗った。

「まつだ、ゆたか……

「松田! まさかこの子達は事件のあった松田さんの子供じゃないですか

「多分そうだろう。可哀想に……

「君達。ここは汚いから、オジサンたちが働いている所に行こうね」

 兄弟は警察車両の後部座席へギュウギュウに詰め込まれた。が、しかし、兄弟の間に窮屈感と不安などは不思議と無く、逆に開放感に似た幸福が支配していた。

 助かった、生き長らえた――

 その気持ちの方がとても大きく心の中に響いていた。

 兄弟は警察所の留置所へ一旦入れられた。しかしながら兄弟にとって、取調室で食べた弁当と綺麗なタオルケットが現実とはかけ離れた天国を思わせた。

 彼らを署まで迎えに来たのは隣近所に住む老夫婦であった。靖子は、夫である次郎を殺害後、家を放火し、松の枝で首つり自殺を図っていた。彼らは一夜にして両親を失ったのである。

 兄弟は何時までも待っていた。全焼し潰れた家の焼け跡で立ちすくみ、亡き両親の帰りを待っていた。未だにあの事件は夢だったと信じて疑わなかったのである。

 今夜も訳の分からぬままに精神が混乱した。現実との境界線上で泣き崩れていた。

 正樹は大人になってそれを思い出し、誰かに呟いた。

「あの日が自分の人生で最初に失った愛だった――

 

愛すると言う事~第二章

 

 一九七七年

 恵は正樹が誕生した年から一年後となる昭和五十二年十一月七日に生まれた。

 彼女の家系はとても複雑で、特に母に関しての職業は神秘性があった。

 恵の母、上村倫子は霊媒師で、沖縄ではユタと方言で呼ばれる存在。彼女は一度、職に関する問題から離婚の経験があり、今回授かったこの子の父の場合、妊娠が発覚してから突如蒸発し行方をくらませていた。この時、父親こそ違うが、恵にとって姉の存在といえる五歳の愛娘が居た。

 姉妹には母譲りの天性なる特別な能力が備わっていた。二人は除霊所などに隣接された母屋の広い敷地内に聳え立つガジュマルの森で遊ぶのが昔から好き。理由は、彼女らにしか見えない特別な動物が居るかららしい。聞く所によるとその奇妙な動物は頭髪が濃い赤色で肌が全身土色、背丈は彼女らと同じ位。樹齢百年以上ある大きなガジュマルにのみ生息すると言われている悪戯好きのキジムナーであろう事は間違いない。倫子はその動物の話を晩御飯の時間にうんざりするほど聞かされていた。姉妹はそろってその動物の名前を「チャッピー」と呼んでいたが、母はそれがガジュマルの妖精でありちゃんとした呼び名がある事を知っていたが、二人を気遣ってか、その話をしばらくの間伏せていた。

 倫子は火炎放射器や毒ガスの煙幕によって黒く焦げ付いた鍾乳洞、いわゆる沖縄の方言で言うガマへ弟子と共に巡礼していた。彼女の除霊所である神社のような大きな建物の奥方には、最も悲惨で悪霊の数と力が最大。よって、もはや除霊は困難とされるガマの入り口が潜めてあった。このガマの存在を娘二人へ絶対に話す事はしない。

 このガマの入り口には大きくがっしりとした鉄の門扉があり、その扉には鍵が二重三重に掛けられ、そして門の存在を隠すように大きな神棚などがその手前に奉られていた。その神棚からは左右に白い綱が建物の外へとずっと伸びており、そこからガマの上にある森すべてを一周して囲っていた。とても巨大な結界である。

 非常に強力なる結界は、実はそこだけではなく、万一に備え、姉妹が遊ぶもう一つの森や母屋一帯にも別の手法を用いて張り巡らされていた。幸いな事に、白い砂利道を挟んである二つの森の内、一つ目の結界が張ってある森には、白ペンキに塗られた塀が行く手の侵入を阻んでおり、また、その森は戦時中、アメリカ軍によるガマ包囲網の際、極めて局地的に緑が消された状態から甦生させたものなので、古い大木などは一切無く、よって二人の好きな妖精は居ない事から、倫子が注意するまでも無く、姉妹はもう一方の森には興味など持たずに立ち入る事はなかった。

 上村姉妹は親も違い年齢も五歳離れていたが、それらを感じさせる事が無い位に、当然の如く毎日とても仲が良かった。母の職業柄、周囲から気味悪がられていた為、地元の友達には恵まれていない。日曜は決まって部屋で読書や勉強する姉、知子。恵はその後ろで落書き風に絵を描いたりするのが常であった。晴れて気持ちの良い日は森へ出て妖精と共にくつろいだり花を摘んだりして楽しんだ。

 倫子は、沖縄で「ユタ」と呼ばれる霊媒師の中でも特に権威のある立場で、依頼の電話が引切り無しに鳴るほどに、とても多忙な日々を過ごしていた。その為、強力な結界が張られた神社のような造りの大きな除霊所や母屋などに居る事がほとんど無く、特に最近では夜中にかけて一刻を争う緊急な除霊の為に外出を余儀なくされていた。それほどまでにこの島はユタの存在を昔から崇め頼りにして来た。

 食事や各建物の管理はいつも弟子や家政婦の仕事。この日の夜も料理の上手い家政婦の一人が姉妹の夕食を用意していた。彼女らには父親こそ居ないものの、家計はとても恵まれていたので、倫子は姉妹が欲しい物などあれば何でも買ってやり、食事に関してもなるべく贅沢なメニューにするよう家政婦に指示していた。

 彼女は自分の職業で姉妹が世間に対して肩身の狭い思いをしている事を知っていた。そしてユタは、上村家の先祖代々から受け継がれた特殊な能力であり、自分の人生もまた同じ様なものだった。娘たちの寂しさは良く知っていた。

 知子を出産した際、ユタと言う職を辞めようか迷った。しかし、この能力を放棄する事は出来なかった。何故なら、この能力は大人になればなるほどに、普通見えるべきではないとても恐ろしい物体が嫌でも余計に見えてくるからである。ガマの結界の件もある。やはりこの状況では普通の生活は送れない。倫子は神から与えられた宿命だと諦めるしかなかった。姉妹も何時かはそうなるであろうと言う事に関して、身ごもった時から確信を抱いている。二人の娘共に何度も堕胎しようか迷った。しかし出来なかった。結界等に関しては、自分が他界する前にでも弟子へ跡を継がせれば良い。が、しかし、彼女は身ごもった胎児を堕胎する事がどうしても出来なかった。

 恵が小学生に上がる頃、倫子は一人思った。やはり生んで良かった。しかし倫子はこの時、何か不幸の前兆なる静かで音の無い西風を心の何処かに受けているのを感じて居た。

 倫子はこの日の朝も母屋の一室にある仏壇で御経を唱えながら彼女らの無事を念じていた。不吉な何かはとても近くに居る。

「ねえ、お姉ちゃん」

 恵が銀色のフォークをくるくると空中へ描くように遊ばせながら発した。

「何? あっ! ちょっとまって。今、良い所だから」

 姉の知子はゆっくりと食事をしながらテレビに見入っている。今、最も人気のバラエティー番組が始まっていた。

「今日、お姉ちゃんも見たんでしょ

 この言葉を聞いた瞬間、知子が全身を硬直させたのを恵は悟った。

「何が

 知子は何食わぬ素振りで恵の目をチラリと見つめ、視線をテレビに戻す。

「だ、か、らぁ、兵隊さん」

 知子の素振りを注意深く伺いながら恵は話した。

「あの人さ、何処から来たのかな

「知らない。私は見てないから。気のせいじゃないの 多分、芝刈りのおじさんよ。ほら、あのおじさんも兵隊さんみたいな格好してるでしょ 多分そうだよ」

 知子はその場しのぎでそう話したが、恵は嘘を付いている事を完全に察した。

「お姉ちゃんの隣にくっ付いて一緒に読書してたのに

知子は再び硬直した。震えた手で持っていたフォークを皿の上に置く。

「お姉ちゃん。隠しても駄目だよぉ。恵、チャッピーと一緒に見たんだから」

「だから違うってば もうこの話はしないで。いい加減にしないと怒るわよ」


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