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小説家で詩人、占い師の滝川寛之(滝寛月)の国際的なブログです。エッセイ、コラム、時事論評、日記、書評、散文詩、小説、礼拝、占いにまつわること、お知らせ、など更新しています。よろしくね。
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愛するということ 11
せられる様に二人の会話へ耳を傾けてみた。
「今日も何処かへお寄りですか?」
「ええ、まあそんな所です。毎月十三日には必ずと彼女に約束しているもので」
「あら? 慶三さん、彼女いらっしゃったんですか――?」
この瞬間、外に立つ慶三の目が完全と見開いた。
慶三? やはり彼は自分だったのか。しかし、一体どういう事なんだ? まるで自分はもう一つの世界へ来ている様に、話がまるで違う。自分はあの日からこの島には一度も戻っては居ない。しかもこの日は、あの公園で桜を眺めていたはずだ」
慶三は少し目眩を伴った状態で考えた。あの桜の日に自分は死ぬと言う事を自然と悟った。そうか、そういう事か。会話は続く。
「――いえいえ、亡くなった女房の事ですよ」
「ああ、そうだったんですか。まさか、大東亜で? あ、ごめんなさい!」
女性店員は、思わず口を塞いだ。
「いえいえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい」
微笑を浮かべて彼女を気遣った彼の瞳は徐々に涙を浮かべ始めた。
「彼女とは、戦時中に生き別れとなりましてね。終戦後になんとかここに戻って来れた事までは良かったんですが……。しかし、だいぶ遅すぎたようでして……。まさか子供と一緒に自決していたとは……。本当に無念です。この戦争は本当に酷かった……。しかも、最後の最後まで終わる事無く、生き残った者たちをも永遠に苦しめ続ける……。せめて、尊い命を自ら落とした彼女達には、どうか安らかに……」
彼は途中で言葉をつまらせ、その場で大粒の涙を流し始めた。
「可哀想に……。大丈夫ですよ! しっかりしてください」
「――場所は何処なんですか?」
外に立つもう一人の慶三が、店内の彼へそう発した。その声は、不思議にも女性の慰めよりも強く彼の耳に届いた。
「慰霊碑の場所ですか? 桜町――」
茅野市 桜町四―二二―二四番地に建つ慰霊碑は、この世界に居る彼が、まだアメリカ支配下である市に協力を要請し続け、昭和二十八年にようやく置かれた物。
住所を言い終えた後、店内に居る彼がはっとし、店の外側へと顔を向けた。しかし誰の姿も見えない。その後、彼が首をかしげた頃には、既に違う世界から訪れた慶三の魂は、その地付近へと瞬間的に移動を果たしていた。
目的の場所近くに着いた慶三の魂は、懐かしさを感じていた。この丘にある森には、少年時代の思い出が沢山ある。世界こそ違う物の、目に映る色彩は昔とは大分違いはあるが、どちらの世界共にその光景に対する変化は全く見られない様に感じた。彼は今、子供の頃よく足を運んだこの森にある秘密の場所へ立っている。東には太平洋。そして西方角を向けば東シナ海が望めるこの絶景の位置を知る者は、非常に少なかった。慶三は良く晴れた青空と、下に見える少しばかりの町並みのずっと向こうにある小さな島々、波しぶきを上げる岬、南から北へと伸びる白い砂浜、を左から右へゆっくりと眺めた。一息ついて後ろを振り返る。少しばかり低い丘の頂上付近にある杉群の合間に一本だけ赤い花を咲かせたでいごの木を見つけた。彼は、体を宙に浮かせるようにしながらその場所へと一直線に向かった。そこが慰霊碑のある場所だ。慶三はデイゴの木の下まで来た。向こう側からは見えなかったが、周囲にはガジュマルや鳳仙花が雑草と共に生息している。彼はすぐ後ろに建つ黒い大理石で出来た慰霊碑へ最後に体を向けた。この位置からは、二十七名の名前が刻まれた表ではなく、裏に刻まれた施行者名等の確認が出来た。そこには、市名やその他協力者名などと共に、自分の名が並んで存在していた。表へ回って没者の確認を順番にする。右から二十一番目辺りで慶三の視線は止まった。『山田志津絵 俊之 文恵 百合子』嗚呼、なんという事だろう。慶三は、もう一つの世界における、時の歳月を消化した自身の人生を悔やむような息を吐き出し、目を虚ろにした。
今回、この奇妙な体験に隠された理由について彼は考えた。全てを流れるがまま生きてきた自身の人生に、一体何が足りなかったのか? そして自分はこれからどう行動をすれば良いのだろう? これまで通りまた見届けるのか、あるいはこれで結末を迎えるのか? 自分はどちら共に……。頭の中を様々な自問が飛び交う。
「貴方が最後にやるべきことは、愛するという事です」
彼の背後から聞き覚えのある声が聞こえた。自分の声だ。
彼は振り返った。
桜の開花したあの公園で分裂し消え去った分身がそこに居る。
「さあ、行きましょう。最期に救わなければ。行きましょう」
もう一方の彼は、慶三にはまだ分からない全てを悟っている。分身である彼は、何処からとも無くとつぜん出現した光のある場所の手前から慶三自身へ優しく手招きした。
*
旧正月を迎えて三日目となる平成元年の二月八日。
この年の旧正月を終えかけた深夜から、徹による上村家長女知子への性的暴行は始まった。悲しい事に、初めて知る性のぬくもりと、これから深まり行く強制的な快楽に、彼女の心は脆くも崩れ去った。同年四月。高校三年となった知子は、徹へ対して完全に抵抗なき性的奴隷へと化していた。
「嗚呼――!」
あの晩にきこえた母倫子のあえぐ様を、彼女は密着する徹の前で演じた。徹は日増しに次なる欲求に駆り立てられる彼女へ段々と縄を緩め始め、何時の間に彼の主権は抹消されていた。知子がこの狂った世界から目を覚ましたのは、焼け付く日差しがやや落ち着きを見せ始めた九月の頃。
「お前はなんて綺麗なんだ」
ぬくもりを包み込むように局部へ乗り掛かる知子へ徹が思わず発した。知子は瞳を閉じたまま表情を官能的でいて、かつ、やや桃色に赤面させている。左右二股に分かれてうなじを通り、彼の腹部方向へと垂れ下がった黒く長いロングヘヤーが、恥ずかしく勃起する乳首辺りで揺れていた。知子は更に細くしなやかな体をくねらせるように、激しく上下方向へと動かす。互いの極まった声が部屋中で数回もぶつかり合った。その時。
寝室内にある全てから影を奪うかの様な。非常に眩しい光が官能的に浸る二人の脳を襲った。途端、辺りは真っ白な世界に染まった。光に包まれ全てを無くした様に見せるこの白い空間に居たのは、知子でなければ徹でもなく、彼の背中に悪霊としてとりついていた“志津絵の心”を持つ“美代子の生きた魂”のみ。知子と徹の二人は、現実の世界で意識を失った。が、しかし、どうやら徹に縋り付いていた“美代子の魂”と共に、コチラへ魂が運ばれたと言う訳ではない様だ。志津絵の心を持つ美代子は、今、全てを身にまとう事無く全身の肌を露にした状態に居る。この空間に風は無い。また、光から得られるぬくもりもなかった。美代子は、誰も居ない世界にてただ一人、胸元を両腕で隠す事無く唖然と立ちすくんでいる。ふと、頭部が気にかかり、利き腕を上げて撫でてみた。全ての頭髪が無くなっている。理由は分からないが、とにかくあの光の作用によって抜けてしまったのか? 慌てて彼女は足元の確認を急ぐように、うつむきふためく素振りを見せた。しかし、足元もまた白く、彼女の黒髪など微塵も見えなかった。
「志津絵――」
不意を突く様に、背後から声がした。それは、志津絵の記憶に残された男性の声。中枢神経より全身が急激に熱くなる。彼女は両手で口元を塞ぎ、背後へ振り向こうとした。しかし、とても振り向く事など出来ない。彼女は視界に入る範囲内で自身を映し出す鏡を求めた。何も無い。再び声が聞こえる。確かに彼は自分に先ほどよりも近づいている事が分かった。
「来ないで!」
この感情は、美代子から来た声だったのかもしれない。一体化している二人の魂は、身体内で今、息をとても荒くしている。声と気配が突然消えた。志津絵の心は、その事に対して瞬時に察知した。ゆっくりと振り返ってみる。しかし事態は去り行き、既にその方向には何もなかった。彼女は涙を滲ませた。嗚呼、なんという事なの? 全てを剥がされ何もない自分となった時に彼は現れた。これは何を意味するのか? 彼女にとって、それはとても辛い仕打ちにしか感じなかった。もう私はこれで終わり。もう彼はここには来ない。自分はここから抜け出す事さえ許されない。自責に満ちた声が背中に幾つも重く覆い被さり、とうとう彼女は崩れる様にしてその場へひざまずいた。途端、強烈な眠気が強制的に訪れた。彼女は座り込んだ状態から倒れるようにして横たわった。そして、浅い夢を見た。
ここは、あの空間と同じく、全てが白いがとても心地よい。それでいて何よりも裸で横たわる自分の背中に温もりを感じた。耳元で優しいささやきが聞こえる。あの時、自分を呼んだ慶三の声だ。彼女は彼から届いた言葉を理解した後、顔を振り向かせ相手の目を見つめた。受け取った言葉に対し同じ意味をもつ返事を発した時、二人の唇は重なり濃厚に絡みつく。やがて二人の体は、愛する事を求めて激しく抱き合った。互いに絶頂を迎えたとき、二人の魂は更なる光となり、全ては天へと安らかに消えて行った。志津絵が慶三と共に成仏した瞬間だ。
*
知子が目を覚ました。其処に徹の姿は無い。寝室の南面から突き出した出窓から朝の光が射している。寝間着を身にまとう彼女は、上等なベッドから身を起し窓辺へ歩いた。洋風に片面三つとガラスを区切る木製の窓を開き、外の空気を寝室へ一気に流し込む。実に様々な鳥や虫の囀りと共にそよ風が自身を包み込んだ。知子は目を閉じた。全ての匂いを
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