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小説家で詩人、占い師の滝川寛之(滝寛月)の国際的なブログです。エッセイ、コラム、時事論評、日記、書評、散文詩、小説、礼拝、占いにまつわること、お知らせ、など更新しています。よろしくね。
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愛するということ 31
恵は供花に目を向けた。
「花、新しい……。今日誰か来てたのかな?」
恵は恵美にさりげなく訊いた。
「今も本当に此処で寂しい思いをしているからね。少しでも癒される様にってさ、島の皆で、交代でね、供え物用意して何時も来ている訳。だからね、此処の墓の花は枯れる事が無くて何時も新しいわけさ」
「島の人達って、本当にみんな優しいんだね」
恵の言葉に、実と恵美は微笑んだ。
「それじゃ、ウートートーしようね」
恵美は供え物をおもむろに袋から取り出し、それを墓の前に置いてから線香に火を付けた。焚かれた線香から漂う香りの中、屈んだ三人は静かに深く目を閉じ両手を合わせ祈りを唱えた。祈りを終えて目を見開いてからも、少しばかりしんとした時が経った。実から口を開いた。
「それじゃ、そろそろ帰ろうか」
実は立ち上がった。それに合わせて恵美も立ち上がろうとした。その時。
「ちょっと待って――」
恵は緊張した趣で、屈んだ状態のまま辺りを見渡した。
「今、聞えたの。人の声が、聞こえた……」
恵は言った。
「嘘? 本当にね?」
隣に屈み直した恵美が訊いた。
「恵ちゃん、なんて聞えたの?」
「ごめんねって……、ごめんねって聞えた」
緊張した趣で恵は言った。
「まさか!」
実と恵美にも緊張が走った。
「でも違う。正樹じゃない……。女の人の声だった……。恵美おばさん、恵、怖い……」
恵はそこまで言うと、硬直し、身震いだした。
「デージナッテル。マジムンの声やさ。エー、ヘークナーケーラ! マヤサリンドー!」
(※大変な事になった。幽霊の声だ。おい、早く帰ろう! 霊にとりつかれるぞ! )
「ヤッサーヤ。(※そうだね)恵ちゃん、立てるね? もう早く帰ろうね」
恵は震える足を抑えるようにして立ち上がった。そして、三人は足早に家へと帰った。恵はこの日の夜、悪い夢を見て魘された。熱も少しばかり出ている。
「ごめんね……、ごめんね……」
この言葉がずっと繰り返される空間の中に、今、恵は居る。熱のせいだろうか? 声だけしか見えない世界が、朦朧とした様に恵は感じながらも、その薄れ行くような意識の中で、懸命に彼女は誰かへ訊いた。
「貴女は、もしかして、小百合さん、ですか?」
「嗚呼、なんて事してしまったの……。何も出来ないまま死んじゃうだなんて……。私が何も言わなかったせいで、もう一人犠牲者が出てしまうんだわ……。ごめんね……、ごめんね……」
「え? どういう事ですか? もう一人? 教えてください。誰が、犠牲になるんですか?」
「傷よ、傷があるわ」
そう小百合の声が言った後。
「――小百合をやったのはこの俺さ」
突然、聞き覚えの無い男の低い声が、向こうから響いて聞えた。恵は声の先へと目をやった。と同時に、自分は今、上半身を服からむき出しにした状態だと言う事に気が付いた。薄気味の悪い顔をした男が、断片的に、どんどんコチラへと近付いてくる――。恵は咄嗟に、著しく育った両胸を隠した。男が目の前まで来た。
「――あいつは本当に物分りが良かった」
とても低く響いた声は、恵の体中に響き、心底から震えさせた。彼女は逃げようと身体を動かした。動かなかった。
「腕を退かせ!」
男の手が恵の両腕を掴み、力ずくで胸を露出させようとした。
「嫌!」
恵は大声で叫んだ。と同時に、彼女はいきなりこの空間で意識を失った。
恵はハッとした様子で目覚めた。
「夢、だったんだ……。良かった」
たった今起こった出来事が夢であった事に心底ほっとした。しかし、恵の腕には男に掴まれた感触が何故か残っていた。
悪い夢に魘されてから数週間後。恵が学校から帰宅する時の事。
この日の恵は何時もの海辺には寄らず、まっすぐに帰宅した。校門から出てまっすぐ伸びた道から外れた小道を抜けて行けば、突当たり側に家がある。敷地内にあるヤギ小屋の手前には仲泊家があり、その向かい側にもう一つかなり古い民家があった。他にも畑道などの抜け道はあるのだが、この私道から家へと戻る時は、必然的にこの二つの民家を通過する事になる。恵は中田姉弟に何が起きたのかを恐らくながら知っている。その為、仲泊家と、特にもう一つの民家に住むと言われている、まだ見ることの無い東京からの滞在者の事を、通り過ぎるたびに意識せざるえなかった。この家にはこの島に来た初日、挨拶をしに行ったが居なかった。いや、行ったが誰も出てこなかったと言った方が正しい。その後もこの家とは縁がない。
恵は不思議に思っていた。実おじさん達は気味が悪いと言っても、『覗き』の件にしろ、何故かこのまだ見ぬ滞在者を真っ先には疑わない。中田姉弟は二人とも性格が急に不順になった理由を何一つ喋らなかったと言っても、何かしら気付いてこの滞在者を疑う事が出来たはず――。しかし、それは何が起きたのかを恐らくながら知っている恵の頭で描いた勝手な後付け論であって、実際には、何がおきて、そして誰がやったのかを周りが察するのは困難だろう。いや、それ以前に、小百合を犯した犯人は、此処に住む滞在者と言う証拠を恵は何一つ持っていない。その為、この滞在者が犯人だと言う事自体が、只の決めつけとしか言い様がなかった。だが、恵には確信があった。-――この島の人たちは、皆、本当にとても温かい。疑うとすれば、まだ見ぬこの家に住む滞在者位。
恵は実おじさん達に中田姉弟の身に起きた出来事を知る限り何度も話そうとした。しかし、小百合が話さなかった理由を知らない事と、静かに眠っている“事”をわざわざ起し、それが原因で大騒ぎになってしまう心配が邪魔をした。
――いったい此処に住む東京からの滞在者は、どんな人で、どんな顔なのだろう? 自分が夢の中で見た人物と同じ、恐ろしい声と顔をした人なのだろうか?
そんな事を考えながら、今日も滞在者の住む家の前を通り過ぎようとした時、恵は急に足を止めた。
「――こんにちは」
余りにも不意を食らったようにいきなり過ぎた。恵はびっくりして返す言葉が急には出てこなかった。
「こ、こん、にちは……」
恵は一瞬、相手の顔を見て他へ目を移した。相手がまじまじとこちらを見ている。恵はたまらず足早にこの場を立ち去ろうとした。
「ちょっと待って! 君、最近まで見ない顔だね。名前、なんていうの?」
男はそういって恵を呼び止めた。
「あっ、僕の名前は山岸守だよ。よろしくね」
照れくさそうに男は言った。
「上村……、上村恵です……」
恵は瞬時に思った。違う。夢で見た人と似てるけど、この人じゃない。夢の中に出た男は、もっと恐ろしい顔をしてた。それに話し方も違う」
恵の想像は見事に覆された。
「上村恵か、良い名前だね。沖縄の本島から、来たのかな?」
「はい」
「そうか、本島か。あ、そう言えば、何年か前に、仲泊さんの所にも本島から来ていた子が居たな……。名前は確か……、中田、中田小百合ちゃんって言ってたな。健二君って言う弟と一緒に来てた。もしかして、知ってる?」
「いえ……、小百合さんって言う人とは、会った事が無いです」
「そう。そうか、知らないのか。あ、いや、もしかしたらね、知ってるかなって思ったんだけど」
――健二なら知ってる。恵はそう言い掛けたが、しかし、その事に関して、深く訊かれるのが嫌だった為、話すのを止めた。恵は思わず避けるように発した。
「あの……、そろそろ帰って良いですか?」
「あ、うん。ごめんね、呼び止めて」
「いえ、別に良いです。それじゃ」
「ああ、またね」
――やっぱり違う、この人じゃない。
恵は、家に帰ってから小百合に関して気持ちを整理しようとした。出来なかった。
だが、とりあえず実おじさんたちが「気味が悪い」とは言うものの、彼に対して何かしら疑いの目を向けない理由がこれで分かった。男は誰の目からも堅実に見えたのだ。健二
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