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小説家で詩人、占い師の滝川寛之(滝寛月)の国際的なブログです。エッセイ、コラム、時事論評、日記、書評、散文詩、小説、礼拝、占いにまつわること、お知らせ、など更新しています。よろしくね。
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愛するということ 40
「知らんかったでしょ!」
「嘘! ほんとに? へえ、そうだったんだ」
「うん。誰にも内緒だよ」
「分かった。内緒にするね」
二人は向かい合ったままお互いにまた口を閉じた。少しだけ沈黙が漂い、二人の間を限りなく切ない空気が通り抜けた。
「恵、向こう行っても頑張ってよ」
「うん、聡子も本島行っても頑張ってね」
恵は深く頷きそう言った。
「またいつか会おうね。約束だよ」
聡子はいつのまにか涙声になっていた。
「うん」
恵も涙が溢れ、涙声になった。
「成人式には島に帰っておいでよ」
「うん……」
恵は涙を堪えながら聡子と約束した。
今日で本当に島を離れるんだという実感がやっと湧いてきた。恵は最後まで隠そうと思っていた悲しみの涙を、我慢した分だけ思い切りにこぼし始めた。もはや限界。
「もう、泣かないで。恵が泣いたらウチも泣きたくなってくるさ」
聡子はもらい泣きしそうな顔で言った。彼女も我慢できなくなった。聡子も遂に泣いた。
とうとう出航の時間が来た。別れの際に生じる何か緊張を走らせるような空気が辺りに漂った。
「それじゃ、そろそろ行きましょうか」
俊夫が園長と恵に向かって言った。
「恵君、それではみんなに最後の挨拶してから乗ろう。大丈夫かね?」
「はい」
恵は涙をぬぐってそう答えた。そして見送りに来た人たちに向かって発した。
「今まで本当にありがとうございました。皆さん御元気で。さよなら……」
恵は思わず手で口を塞いでまた涙を見せた。途端、周りの誰もが涙を見せた。とりわけ恵美と実、そして聡子は泣いていた。彼女は最後の最後までこの島の温かさを知った。また、第二のふるさとが此処にある事を全身で感じた。
四人が乗り込んだ船は出航した。
「恵の事一生忘れないからさ! ウチの事忘れないでよ!」
離れ行く船に立つ恵に向かって聡子は大声で思い切りに泣きながらもそう発した。しかし、それが恵の耳に届く頃には、聡子の姿は大分小さくなっていた。
「もう、どうして……、どうして別ればっかり……」
手を振り終えた恵は、顔を両手で隠してそう口にした。彼女はまた泣き始めた。
「これを使いなさい」
園長はそう言いながら恵にハンカチを渡した。号泣しだした彼女は、もはや堪えきれない涙を、それでも必死で堪えようとしながら園長に言った。
「島の人たちみんな優しいから……」
恵はハンカチで涙をぬぐいながら続けた。
「だから、だから私、涙が止まらなくて……」
園長はこの号泣する目の前の少女を見て、たまらず優しく抱き締めた。
園長は恵に言った。
「人は中々泣ける者じゃない。だから流せる時に思い切り泣きなさい。そして今よりもっと、心に教えられた分だけ思い切り優しく笑えば良い」
しばらく恵は園長の胸元に蹲り声を出して思い切り泣いた。彼女はアルバムを観る様にこれまで起きた出来事を一つ一つ脳裏に浮かべ、そして順番にただ思い切り感情を込めて泣いた。母と姉の死。正樹との別れや施設で起きた出来事。島での生活や小百合の事。その全てが今、涙で一杯に潤されている。何が良くて何が悪かったのかではない。全てを一つにした感情でただ思い切りに恵は涙を流した。
恵は泣きながらも独り言を小さく呟いた。
「みんな、ありがとう……。私、頑張ってくるね……」
その言葉は、風に乗って島中のいたる所へ届いた気がした。
東京に来て、早速、次の日から活動は始まった。もう泣いてばかりいられない。恵は次の日には新たな気持ちで身が引き締まっていた。
活動はまず宣材の作成から入った。スタジオでプロのメイクに化粧をしてもらい写真を幾つも撮った。プロフィールには、出身は東京でそして名前は山本レナと書かれた。新しい恵の誕生である。
全ては俊夫の指示で恵を含む周りは動いた。最初は色々なレッスン、そしてファッション雑誌などのモデルを経て、二年後にはCMキャラクター、高校卒業からは舞台を何年か経験した。
とにかく俊夫は徹底していた。彼はこの金の卵を絶対に腐らせまいと、細心の注意を払いながら、徐々にそして慎重に恵を業界へと馴染ませていった。
恵は落ち着いてから園長に正樹の居場所について訊くつもりでいた。しかし、始めから恵に休みなど何処にも存在しなかった。まるで徹底した英才教育を受けているかの様に、それは隙間なくびっしりと予定は埋められた。
これも俊夫にとっては計算の内。彼女を知る人間なら分かりきった事だが、恵に近付く男がこれから何人も現れたとして、そこでトラブルを避ける意味で釘を打つように恋愛は禁止だと彼女に話をしていても、それでもやはりどこか隠れて交際をするのが常識的には普通。またはそう話せば窮屈さに耐えられず業界を辞めるとも言いかねない。その為、言わずとも阻止するには時間を与えない事が一番だと俊夫は考えていた。
東京へ来て初めての冬。恵は生まれて初めてこの都会の中で雪を見た。移動中の車の中、その幻想的な雪景色を眺めていると、イルミネーションの光からまだ施設に入る前の小さかった頃のクリスマスを思い出した。
家の中に響くクリスマスソング。半透明のプラスチックで出来た数々の人形達。そして洋風でエキゾチックな家の正面にあったイルミネーション。夕食は丸鳥の燻製焼きがメインで、それと同時に出ていたデザートは、大きくカットされた特製のクリスマスケーキ。それはどれも、とてもとても美味しかった。
恵は正樹と一緒に居た施設内でのクリスマス祝賀会の事も思い出した。正樹が隣に居て、そして全てを一緒に楽しんだ。どんなに行事ごとで施設側が盛り上げようとも、恵を含む児童らの心から寂しさは絶対に拭えなかったが、それでも恵は寒さの中にも幸せを感じた。
恵はふと思い出から我に返った。滾々と積もり行く雪を眺めながら、なんだか胸がとても切なくなった。
こなせばこなすほど、売れれば売れるほどに正樹の存在は遠のくだけ。
気が付けば東京へ来てから五年以上が経った。しかし、恵からすればまだ三年ほどしか経過していないと感じさせるほどに時間はとにかくあっという間。
今年、島の成人式へは出席できず、聡子との約束は守れなかった。そして何と言っても正樹の居場所へいまだ行けずに居る事が恵はとてもやるせなかった。
恵はもはや精神的に限界。初の主演となる今度のテレビドラマの撮影が終わり次第、彼女は休みを取りたいと申し出た。だいぶ業界でも成長した彼女だ。いつになるかはスケジュール次第だが、二、三日程度ならば流石にもう断られる事はなかった。
そしてその時は訪れた。
恵は最近から一人暮らしをして居るマンションで心が高鳴った。
正樹がいる場所の住所と道筋は既に電話と地図で手に入れている。今日こそ本当に久しぶりに正樹に会えると思うと恵は一人宙に浮いてしまう。
――服はどれを着ようか? いや、電車なのだから山本レナである自分を隠す様に目立たなくしなければならない。とにかく地味な格好をし、ニットキャップとマフラーで顔あたりは隠そう。化粧はかなり薄めが良い。その方が正樹は自分だと気付きやすいはずだ。話はまず何からしようか? 正樹の姓も自分の名前も一応芸名だが変わった。その事に関してからにしようか。それとも正樹が言うまではそれには触れない方が良いのか? 顔も体も大人に成長しあの頃よりも大分変わったかもしれない。でも、大人になった正樹、そして大人になった自分をお互いに見せて驚こう。
そんな事を色々と考えていた。
恵は人の目が少ない夜に行動した。彼女の思惑通りに誰もが山本レナの存在に気付かなかった。いや、気付いては居たが、まさかと言う気持ちの方が大きかったのだろう。意外にも誰一人として声をかける者は居なかった。
下赤塚のホームに下りる。足早に正樹の住む寮へと向おうとした。そしてそれは、改札口を通り抜ける手前。彼女は偶然にも正樹らしき男をみつけた。恵は思わずハッとした。
正樹!?
前を歩いているカップルの男の横顔を一瞬見てそう察した。昔の正樹と同じ髪型と背丈ではないが、輪郭等が恵をそう思わせた。向こうはコチラに気付いていない。
恵の直感は寮へ近付いてゆくほど確信へと変っていった。前を歩くカップルは、まるで恵を案内するかの様に同じ方向へと歩いてゆく。自分と同じ髪型の女性が、正樹にとても似ている男にしがみ付いたり何かを訊いたりしているのが少し離れて見えた。恵は急に嫉妬心が湧いてきた。
やがて寮に着いた。恵は思わず二つ三つ手前にある民家に入る振りをして隠れた。二人が寮の入り口の前で止まり向かい合ったからだ。
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