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小説家で詩人、占い師の滝川寛之(滝寛月)の国際的なブログです。エッセイ、コラム、時事論評、日記、書評、散文詩、小説、礼拝、占いにまつわること、お知らせ、など更新しています。よろしくね。
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愛するということ 23
がむしゃらに食らい付いた。あの日、兄弟で分け合い食べた時と同じ様に、パンはとても美味しかった。店主は飲料水も正樹に渡した。彼がそれを飲むと体内は一気にそれを吸い上げては全身を潤した。
その後、少し落ち着いたとき、店主は何があったのかを本人から直接確認すべく詳細に尋ねた。正樹は全てを話した。もう施設には二度と戻りたくはない。店主は正樹の胸の内をとても理解してくれた。それから数日後、児童相談所と店主は正樹と共に話し合いをし、そして養子として正樹の面倒を店主がこれから見てくれる事になった。それは夢のように話は進んだ。
「気にしなくていいんだよ。ここからね、君が好きな彼女にいつでも会いに行くと良い。私の時と同じ様に、彼女はきっと待っている」
これから養子として正樹の世話をする上間良晴は言った。だが、正樹の表情は暗かった。
「彼女は絶対に自分とは会ってくれないと思います」
正樹は俯いてそう言った。しかし、それを払拭するかのように良晴は返した。
「いや、それは分からないぞ。多分、その子は今頃とても寂しい思いをしているはずだ」
言って、彼は正樹の肩に手を置いた。
「良晴おじさん、やっぱり自分は間違っていたんでしょうか?」
「そうじゃない。君のやった事やこれまでの成り行きも、また運命の一つなんだ。もし君が災いをかわす事無く施設に残ったとしても、やはり運命は同じか、もっと酷い結末を迎えたかもしれない……。とにかく気持ちが落ち着いてから、バスに乗って一度会いに行きなさい。それで何か新しい希望の光が見えてくるかもしれない」
「でも、恵はもう完全に許してくれないと思います……。これで本当に、自分は恵を残して逃げたんです……」
「大丈夫、次に逢う時には全てが解決するはずだ。多分、きっとね」
言って、義父となった上間良晴はにこやかな表情で正樹にウィンクして見せた。正樹は義父のその言葉に何かとてつもなく大きな深い意味を感じた。
養子となってから何ヶ月か経過し、学校も私生活も少し落ち着いた頃、正樹は路線バスに乗り込み恵に会いに施設へ向かった。中学卒業はもうすぐ其処まで来ていた。健二等に遭わずに恵と会う方法はこの状況からなら幾らでもある。正樹はまず事務所へと尋ねて、そこから放送マイクで彼女を呼び出してもらい、応接室で彼女と再会した後、外出許可を取ってから外でじっくりと話すつもりで居た。
「おお、正樹久しぶりだな。どうだ、元気でやってるか?」
児童らから『鬼』と呼ばれ最も恐れられていた職員が、彼をまずは気持ちよく出迎えた。と、その時、「正樹君」と背後から声が聞こえた。正樹は事務所の出入り口方向へ振り返り見た。牧師姿の園長先生の姿が其処にはあった。どうやらたった今、礼拝を終えたばかりらしい。正樹は園長先生と挨拶を交わした後、今日は恵に会いに来たのだと言う旨を話した。
「そうか……。彼女に会いに来たのか」
園長先生は正樹の話しを聞いた途端、急に暗い顔になった。
「……正樹君、実は言うとね」
正樹が施設へ会いに来る直前、恵は彼と同じ様に其処から姿を消してしまっていた。里親に出たと言うこと。正樹が十代の内に恵に会う事は、この世界ではもう二度と無かった。
愛すると言う事~第五章
「もういい、さよなら」
あの時、恵の本音は全く別にあった。彼女は正樹に呼び止めて欲しかった。恵は何度も振り返ろうとした。しかし、彼女の運命がそれを拒んだ。
“あなたがたは、以前はやみであったが、今は主にあって光となっている。
光の子らしく歩きなさい――
光はあらゆる善意と正義と真実との実を結ばせるものである――
主に喜ばれるものがなんであるかを、わきまえ知りなさい。
実を結ばないやみのわざに加わらないで、むしろ、それを指摘してやりなさい。
彼らが隠れて行っていることは、口にするだけでも恥ずかしい事である。
しかし、光にさらされる時、すべてのものは、明らかになる。
明らかにされたものは皆、光になるのである。“
次の日の日曜。礼拝は一人で参加した。裕美は智彦の死によるショックから精神状態が極度に不安定となり、やむなく専門の病院へと入院していた。賛美歌が礼拝堂中に響き渡る時、恵は何気に周囲を見渡した。居ない――。彼が何処にも見当たらない。彼女は落胆した。恵は昨日から待っていた。正樹が会いに来るのを待っていた。夜になった。しかし、彼はとうとう彼女の元へは来なかった。
明けた月曜日。
学校を終え、何時ものようにバレーの練習へと施設内の体育館へ向かって一人歩いていた。その時、突然誰も居ないはずの場所から男の声が聞こえた。
「恵――」
恵は足を止めた。声の聞こえた場所へと顔を横に向ける。此処は丁度、大きな階段へ伸びる細い歩道の中間付近で、横に向いた日陰となる奥にはベンチがある。そう、恵と正樹が会話を交わしたあの辺りだ。声が聞こえたのはそのベンチの方から。――今の声は、正樹! そうよ、彼の声だわ。
「正樹……。正樹なの?」
恵は胸の内から来る高鳴りを抑えつつ、ベンチへ近づき辺りに目をやった。が、しかし、彼の姿は見えない。
「正樹、何処なの?」
「恵……。どうして――」
「え? 恵は此処だよ。お願い、姿を見せて」
「どうして智彦と……」
「智彦と、何?」
恵は再び辺りを注意深く見渡した。やはり誰も居ない。彼女は頭上を見上げて言った。――正樹、もう一つの世界からなの? しかし、言葉は返ってこなかった。声は聞こえなくなった。
恵は空遠くを見つめる様な眼差しをしたままその場に立ち竦んだ。彼女は今、霧のかかった幻想の中へと思考が飛ばされている。お母さん。今のは空耳だったの? 違う、そうじゃない。これはきっと、とても近い場所にある時間の狭間から届いた声だわ。でも、それなら見えるはずよ。そうね、確かに光が見えなかったのは可笑しいわ。もしかしたら声は同じ世界の物で時間と場所がずれて響いた物、それとも此処に声が届いた瞬間辺りに、さ迷っていたものが何処かへ戻ったのかもしれない。恵の中で姉と母の魂が会話を交わしているかの様に、思考は巡らされた。
「彼はとうとう見たのよ……。もう一つの現実を」
最後の言葉だけが恵の今の記憶に強く残された。もう一つの現実……。正樹、何があったの? 彼は今頃何処で何をしているのだろうか? 只一つ言える事は、彼の身に何かが起きた。一体、どうして――。
恵はこの日の練習に集中できず力が入らなかった。練習を終える頃、何時ものように辺りは日没にて薄暗くなり始めていた。解散し荘へと向かう途中、もういちど恵はテニスコート近くのベンチへ寄った。彼女はベンチに腰掛けた。
この時にはすっかり日は完全に暮れていたが、辺りに点々とある夜間灯のおかげでこの場所は暗闇を免れていた。彼女は一つ深い溜息をこぼしてから夜空を眺めた。それから今日起きたあの出来事を振り返る――。
もう一つの現実とは何なのか恵には分からない。でも、一つ言えることは、彼はもうここには居ないという事――。恵は心の何処かで察した。正樹は今、遠い別の場所にいて、もう此処へは二度と戻って来ない。
でも、最後にある答えはきっと違う。これで終わりになんかならない。恵も正樹の事ずっと好きだから。恵の瞳から思わず涙がこぼれた。
だから何時かきっと、正樹にまた逢える。
彼女は只々彼の無事を願った。その思いが体の中で急激に熱く大きくなった時、今すぐ彼に会いたいと強く感じた。恵はやがて号泣した。正樹との出来事全てを思い出し、一人泣いた。色々な事があった。しかし、それらはまだ運命のスパイラルにおけるほんのわずかな出来事の一つに過ぎない。この先またどんな事が想像も出来ない二重螺旋の闇の中に潜んでいるのだろう――。恵は心の中で言った。
――“神よ、あなたは死んだ者の為に奇跡を行われるでしょうか?
亡き人の魂は起き上がって貴方を褒め称えるでしょうか?
貴方の慈しみは墓の中に、貴方の誠は滅びの中に、宣べ伝えられるでしょうか?
貴方の奇跡は暗闇に、貴方の儀は忘れの国に知られるでしょうか? “
彼女は言葉を発した。
「しかし主よ、私は貴方に呼ばわります。明日にわが祈りを貴方の御前に捧げます」
恵は涙を止めた。それは悲しみの分、また一つ精神が通常よりも速い速度で何年分も先へ到達した瞬間であった。その時。
幾つかの人影がコチラへ向かって歩いて来るのが見えた。誰だろう? 恵は思った。人影はどんどん先ほどよりも此方へ近づいてくる。やがては一体誰なのか容易に分かるほどその人影が此方まで歩み着たとき、恵は人物が健二だと分かった。瞬間、彼女の顔が強張
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